私は幸せでした。
平坦とした日常を、ゆっくりと穏やかに歩む。
退屈で代わり映えがしなくて。
そんな穏やかな日常が幸せだった。
 
「どうりで、寒かったわけだな」
「ホワイトクリスマスだねぇ」
「…きれい」
ピンクとブルーの、お揃いの傘
あの人からの最後のプレゼント
側にいつも幼なじみがいたから。
私と、詩子と、そしてあの人。
顔を合わせると、いつも口げんかで。
3人で一緒にクリスマスパーティーを開いて。
一緒にいることが当たり前で、それが当然だと思っていました。
私は幸せでした。
だから…一緒に居るあの人も幸せだとばかり思ってた…。
永遠にこの幸せが続くと思ってた…。
でも…。
 
あたしたち、いつまでも子供じゃないのよ
あの人と繋いでいた手が、するりと離れた …最初は詩子でした。
詩子があの人のことを忘れて…。
…それからクラスメートもあの人のことを憶えていなくて。
気がついたら、あの人のこと憶えていたのは私だけでした。
 
 
…そして、今日と同じ雨の日。
…今日と同じ場所で。
私の目の前で、あの人は消えたんです。
  
…ふたりきりの、寂しげな空き地
ひとつの傘をさして、その下で向かい合っている男女
恋。忘れえぬ初恋 …消えゆくあの人を前にして、私は何もできなかった。
どうすることもできずに、ただ呆然と立ちすくんでいた。
何が起こったのかも分からず…。
あの人の立っていた場所で…。
私は、泣くことしかできなかった…。
あの人が消えると同時に、私の中からもあの人の存在が薄らいでいった。
それでも私はあの人の存在を繋ぎ止めたくて…。
必死であの人のことを考えて…。
私の中から、溶けるように消えていくあの人との思い出を繰り返し思いだして…。
 
…茜は、子供ね
わがままで欲張りで
そうしてバカで、底抜けに甘くて、優しい…
想いってどうして…消せないんだろうね… 誰よりも同じ時間を生きて…。
誰よりも知っていたはずなのに…。
誰よりも近くにいた人なのに。
その人の顔が、声が、思い出せなくなる…。
夜眠って、朝目が覚めたら、あの人のことを忘れていそうで…。
忘れたことさえ忘れていそうで…。
それが怖くて…。
ずっと、ずっと苦しんで…。
…私があの人のことを忘れなかったら、きっとまた帰ってきてくれるって信じて。
…待ってたのに。
お前の頑固過ぎるところ。それが、少しだけ心配だよ
あの人はいた!
確かにいた!
あの人を忘れないで、迷わないで、惑わされないで!
 
そして、私は忘れなかった…。
あの人のこと、最後まで覚えていました。
今でも、あの人のことを話せます。
あの人との思い出をあなたに話すことができます。
 
それなのに…あの人は…。

帰ってこなかった…。
 
…あの人の…帰る場所がなくなってしまう…
いいか、茜。忘れるんだ、俺のこと…  

だから…。
あなたのこと――
 
 
 

NEXT