祐一 「…俺が、いまの栞を、全て受け入れればいいだけのことじゃないか」

俺は真剣な眼差しを向ける。
自分の中にある、栞への愛情全てを、その眼差しで叩きつけるように。

栞 「…ゆう、いち…さん?」

きょとん、とした顔つきで、俺を見返す栞。

祐一 「栞、愛してるぞ。誰よりも好きだ」

そんな台詞を、恥ずかしがらずに言い切ってみせる。

栞 「わ、私も、愛しています」

祐一 「…なあ、栞。もう、無理しなくてもいいんだよ」
祐一 「せっかく病気が治ったってのに、そんなことを気に病んで、苦しむことなんて、ないんだ」

祐一 「俺は、全てを受け入れる」
祐一 「栞の全てを」

祐一 「…なあ、栞」
祐一 「愛し合うってさ、綺麗なことだけじゃ、ないだろう?」

祐一 「苦しいことも、辛いことも、嫌なことも、痛いことも、切ないことも、面倒なことも…」
祐一 「互いに、全てを受け入れることなんじゃあ、ないのか」
祐一 「受け入れることができなくても、きっちりと折り合いをつけていく…」

祐一 「…違うかな?」
栞 「……」

祐一 「栞は、ずるい」

俺は、拗ねた表情をしてみせる。

祐一 「俺は栞に、裏切られた気分だ」
栞 「えっ…」

祐一 「俺のこと、ちっとも信用してくれてないじゃないか」
祐一 「俺が、こんなにも栞のことを愛しているのに」

栞 「……」

祐一 「それを、俺はこれから、証明する」
祐一 「ちっとも俺のことを信じてくれてない栞に、証明してみせる」

組み伏せていた栞から、そっと身をはがす。

栞を立ち上がらせてから、数歩足を運んで距離を置いた。
そうして、不安げに立ち尽くす栞に、手を差し伸べた。

祐一 「…おいで」

俺は、なにか神妙な気持ちを抱きながら、栞を見つめた。
俺がなにをしようとしているのか理解したのか、栞が恐怖の表情を見せて、ふるふると首を横に振りながら後ずさった。

祐一 「来るんだ、栞」
栞 「駄目です。駄目ですよぅ…」
祐一 「俺を信じろ。俺を本当に好きでいてくれるなら…来るんだ」

栞 「あ…」

栞は、切ない表情をうかがわせて、俺を見つめた。

栞 「待ってください、本当に待ってください…」
祐一 「…駄目だ。いま逃げたら、どこまでも苦しむことになるだろう?」

栞 「せめて1月、待ってください…」
栞 「1月で、頑張ってご飯食べて、お肉付けますから…」

祐一 「無理しなくてもいいんだよ、栞」
祐一 「そんな風に無理して身体を壊したら、元も子もないじゃないか」

祐一 「もう、栞が気に病む必要なんて、ないんだよ」
祐一 「俺が、栞の全てを受け入れてみせるから」

祐一 「…な?」

ここまで言っても、栞は俺の手をつかんでくれない。

…切ない。
胸をきりきりと締め上げられるような痛み。

俺は、苦い表情を作って見せる。

祐一 「ここまで言って、俺のことを信じてくれないのなら…」

俺は、栞に無茶をさせようとしている。

祐一 「…悲しいけど、俺たちの関係なんて、その程度なんだろうな」

でも、俺が好きになった栞なら、きっと応じてくれるはずだ。

祐一 「…栞…」

苦しみに掠れた声で、栞にもう一度、呼び掛けた。

栞 「…し、信じても…」
栞 「信じても、いいですか…?」

祐一 「もちろんだ」

即答する。

栞 「ほんとに…ほんとに、私みたいな子で…」
祐一 「栞」

栞がまた、沈み込んでしまいそうになるのを、優しく呼んで引き止めた。

祐一 「いまは、俺の元に来ればいい」
祐一 「…さあ」

俺の言葉に、栞はおずおずと手を伸ばしてきた。
俺たちの手が、重なる。

…俺は、微笑んだ。

祐一 「よしっ」

俺の手をつかんだ栞を、ぐいっと引き寄せ、抱きしめた。

祐一 「来てくれるって、信じてたぞ」

しっかりと抱きしめ、俺の胸に身を寄せる栞の髪を撫でてやる。

栞 「…祐一さん」

不安げに面を上げた栞に、キスをする。

身体を密着させたまま、栞の気分を高めようと、熱いキスを送り込む。
ねっとりと、舌を絡めるキス。

栞がキスに夢中になってきたのを見て取り、俺は両手を栞の背中に回した。

栞はピクリと反応して、目を見開く。
しかし、至近で俺が優しく見つめ返すと、潤んだ瞳をそっと閉じた。

栞の背中に回した手で、栞の身体を服越しに撫でてみる。

…本当に、痩せている。

厚手の服越しだというのに、骨の感じさえもすぐにわかってしまう。
その服の下に、どれだけ痩せ細ったからだが包まれているのか…。

それと悟り、胸が痛んだ。
16歳という少女にとって、手術の跡と痩せ細った身体は、どれだけ辛いものなのだろうか…。

唇を離し、互いに一度、深く呼吸をする。

栞を安心させるために微笑みかける。
栞は、潤んだ瞳を細めて、俺に笑い返してくれた。

もう一度栞の手をつかんで、ゆっくりと引く。

そうして、階段を登りはじめた。
一瞬、迷いを見せたものの、抗わずについてきてくれた。

…ギシギシ…と、音を立てて階段をのぼっていく。

これから、ふたりの間に起こることを考え、胸が高鳴る。
普段、何気なく上り下りしている階段が、今日はなんだか、特別に思えた。

まるで初めて、好きな女の子を…栞を抱こうとしているような緊張感。

…そんな自分を、ちょっと笑う。
栞をリードしてやらなくちゃいけないのに、ウブになっている暇なんてないのだから。

俺の部屋の扉を開ける。
廊下は冷たい空気が流れていたので、部屋の中の暖気が心地いい。

扉を開けた先に、ひとつのベッド。

普段は、俺が眠るためのベッドだけど。
これから、この上で栞と愛し合うことになる。

…そういえば、初めて栞を抱いたのも、このベッドだったっけ。

このベッドを用意してくれた秋子さんや名雪は、俺がこんな風に使うだなんて、考えもしなかったんじゃないだろうか。
…とか、変なことを思いついてしまう。

こういうときって、どうしてこんなに、変な思考が浮かぶのだろう。

…ふたりしてそこに腰かけた。
そして、相手側に上半身を曲げて、もう一度、キス。

俺は、自分の服を脱ぐ。
栞はと見ると、服に手を掛けたまま、俯いていた。

祐一 「…栞」

俺の呼びかけに応じて、栞はゆっくりと服を脱ぎはじめる。

俺も手伝ってやるが…やはり、最後の最後で、躊躇を見せた。
下着と薄手のセーター1枚になった所で、栞の手が止まった。

栞 「…もう少し…もう少し、待ってください」
栞 「心の、準備が…」

胸に両手を当て、気を落ち着けようとしている栞。

栞の泣きそうな顔。

その薄いセーターの下からのびる、栞の両足。
…それは、本当に悲しくなるほど、痩せ細っていた。

そんな細い脚で、自分の身体を支えきれるのだろうか。
無理をしたら、折れてしまいそうな…そんな不安を覚えてしまうほどに。

俺は、そんな栞をゆっくりとベッドに横たえた。



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