最終話 08/05



(1)病室−往人−

「観雪っ!」
俺と晴子は、観雪が倒れたという報せを聞いて、大急ぎで病院に駆けつけた。
病室のベッドに、観雪と、悠が寝かされている。
悠の意識はすでにないようで、観雪もはぁはぁと荒い息を吐いている。
「観雪、しっかりしてや! 観雪!」
「マ…マ、マ…」」
観雪の側に駆けつけ、手を優しく握る晴子。
俺も、観雪の側に近寄る。
「観雪…」
「おとう…さん…私じゃ、ダメなのかな…? 私じゃ、悠くんを助けることはできないのかな…?」
「…」
俺は何も言えなかった。 俺たちが、いや、俺たちの血族が今までしてきたことが全く
何の役にも立たなかったことへの悔しさで。
「観雪…もう、かえろ…。 あの家で、また一緒にくらそ…」
涙を流しながら観雪に訴える晴子。 しかし、観雪はかたくなに首を振ってそれを拒んだ。
「うぅん…悠くんは…私の大切な人だもん…。 助けることができないなら…
 私は…悠くんと一緒に…死ぬよ…はぁはぁ…」
観雪の想いが痛いほど伝わってくる。 それを感じて、俺も心を決めた。
「わかった。 お前が死んだら…俺もお前の元に行ってやる…
 二人…いや、三人なら寂しくはないだろ?」
「お、おとう…さん…」
「うちもや。 観雪のいない人生なんて、うちには何の意味もあらへん。
 天国で4人、いや、観鈴と5人で仲良くくらそ?」
「うん…うん…ありがとう、お父さん…ママ…」
そして観雪の目が閉じられる。 消えゆく観雪の意識…
死ぬときは…一緒だ。 な、観雪?
と、そのとき!
ぼうっ
突然胸元が熱く感じた。 いや、胸が熱いんじゃない。
熱くなっていたのは、俺の胸の人形だ。
そして、俺の心の中に、声が響く。
「想いは集まったよ…奇跡は…起きるよ!」
これは…この前助けた食い逃げ娘の声?
そして人形はまばゆい光を放った。



(2)白い世界−往人−

気が付くと、俺と晴子はただ白い空間にいた。
「居候? ここは…どこや? うちらは確か病室にいたはず…」
「さぁ…」
辺りを見回す俺たち。 そこに声が届く。
「ありがとうございます…」
それは、昨日夢で見た女の人の声だった。
そして俺たちの前に、夢で見たあの女の人が現れた。
「今までの間に、たくさんの人形使いたちの残してきた思いが十分な量集まり、
 そしてそれを解き放つための想いも集まりました。
 これで…これで神奈様を呪いから解き放つことができます。
 本当にありがとうございました…
 そして…今まで辛い運命を背負わせて、申し訳ありませんでした…」
「それじゃ、これで…」
「悠は…そして観雪は助かるんか!?」
俺たちの問いにうなずく女性。
「はい。 後は鍵を開け放てば、神奈様は呪いと悪夢から解き放たれます。
 今後、人形使いたちや神奈様の魂を受け継ぐ者たちの悲劇が起こることはないでしょう。
 ただ…それを解き放つための鍵として、大変な犠牲が必要となるのですが…」
「その鍵とは…なんや?」
「俺たちに出来ることなら、なんでもしてやるぜ。 なんでも言ってくれ」
女性は顔を曇らせると告げた。
「あなたたちの…命です」
「!」
それはあまりにも、衝撃的な告白だった。
「人形使いと、それと心を重ねる者の命…それこそが人形に貯められた想いを…力を解き放つための鍵なのです。
 もちろん、私には、それを強制することはできません。
 命を差し出すのがおいやなら…断ってくださっても…」
そう言う女性。 しかし、俺の心はすでに決まっていた。
観雪を救うためなら…観鈴のような悲劇を生み出さないためなら…
「いいぜ。 俺の命を使ってくれ」
「うちもや! それで観雪が助かるなら、うちの命なんて安いものや!」
「わかりました…。 感謝いたします…そして、申し訳ありません…」
女性は罪悪感に顔を曇らせたまま、呪文を唱えた。
まぶしい光が俺たちに襲い掛かり、俺たちの存在をかき消していく。
最期の瞬間、俺は晴子と手をつないでいた…ような気がした…



(3)夢−観雪−

観雪ちんは夢を見ていた。
おりの中に囚われている少女。 その背中には羽が生えていた。
そのおりに光の翼を持ったお父さんとママが飛んでいく。
そして二人がおりに吸い込まれた途端、おりはまばゆい光を放って消えていく。
おりから解き放たれた少女は、空を楽しく、自由に舞っていた。
うれしい、楽しい夢のはずなのに…私の目からは涙が流れていた。
そして、私は目を覚ました。
ふと横を見ると、悠くんも目を覚ましていた。
でも…
観雪ちんの側には…
お父さんとママの姿はなかった…



(4)7年後−観雪−

私と悠くんは、丘の上に立っていた。
丘の上には、二つの墓。
私と悠くんが二人でがんばって作ったお墓。 それにはこう彫られている。
『国崎往人お父さん』
『神尾晴子ママ』
7年前…私が目を覚ましたとき、そばにお父さんとママの姿はなかった。
街のあちこちを悠くんと探しても、二人の姿はどこにもなかった。
それから私は三日三晩泣き尽した。 悠くんが私を慰めて、励ましてくれた。
そして…私は夢を見た。
夢の中で、私はお父さんとママに会った。
お父さんは言った。
「俺と晴子は、お前を助けるため、そして空の上の少女を助けるため、
 遠い国に旅立った。
 観雪、お前はもう自由だ。 もう、何も苦しむことはないんだ」
悲しくて泣き出しそうな観雪にお父さんは続けてこう言ったの。
「こら、悲しむな。 俺と晴子は、お前を泣かせるために命を捨てたんじゃないんだぞ。
 お前と悠に、笑顔でいてもらうために、命を捧げたんだ。
 だから、悲しむな。 俺と晴子の選択が間違いでなかったことを、確かめさせてくれ…」
そしてお母さんも言った。
「そういうことや。 観雪がいつも笑顔で、元気でいてくれることが、うちの幸せなんや。
 そのためなら、うちの命なんて本当に安いものや。
 ありがとうな、観雪…お前といた11年間、とっても…とっても楽しかったで…」
「お父さん、ママぁっ…!」
そして夢は終わった。
そして今…。
私は悠くんと、そのお父さんとママの墓の前に立っている。
「お父さん、ママ…ありがとう。 観雪も、二人に育ててもらって、とっても幸せだったよ…
 観雪と悠くんはこれから旅に出るけど…ずっと、ずっと見守っててね…」
そう、観雪と悠くんはこれからこの街を離れて、旅に出る。
何かの使命のためじゃない。 お父さんが今までたどってきた道筋をたどってみようと思ってる。
そして、お父さんがしてきたように、旅先の人たちに、笑顔を送り届ける旅。
誰か一人のためでなく、たくさんの人たちみんなのための旅。
それが、観雪が、私のために命を犠牲にしてくれたお父さんとママへの恩返しだと思うから。
「それじゃ、行こうか、悠くん?」
「うん、行こう、観雪」
そして観雪は悠くんと手をつなぎ、リュックを背負って旅に出た。
空が今までにはないくらいとても青く、澄み渡っていた…



(5)終章

こうして一つの旅は終わりました。
一つの呪いから始まった旅は多くの出会いや別れを紡ぎ、そして一つの奇跡で幕を閉じました。
これで、私の役目も終わり。 やっと天に帰れます。
愛しい神奈様や、柳也さまの元へ…
皆さん、どうか忘れないでください。
想いを集め、重ねれば、必ず奇跡は起こるのだ、ということを…



Fin.

あとがき