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 秋子さんのお料理教室(本日の課題は肉まん)は、終始、明るくにぎやかに行われた。

 佐祐理さんと名雪が、料理が上手だってのは知っていたけれど。
 意外にも、舞と天野がそつなくこなしていくのには驚いた。

 必然的に、俺とまことの下手っぷりが浮き彫りにされてしまった。

 俺も、焼きそばやらチャーハンやら、簡単に作れるものならなんとかできるけれど。
 こうやって、生地をこねたり中身の具をこさえたり、料理っぽいものになるとさすがに駄目だった。

 でも、俺もまことも、下手なりに楽しんでいた。
 とくにまことは、自分で大好きな肉まんを作れるということに、活き活きしていた。

 秋子先生も教えかたがうまくて、俺もまことも、肉まんと呼べる物をなんとか作ることができた。

 そして、自分たちで作った肉まんでお茶会。

 肉まんを作れる秋子さんはもちろん、名雪にも、まことは馴染めているようだった。

 リビングに7人でくつろぎ、お喋りをしたり、簡単なゲームを遊んだりして、過ごす。

「こんなに人が集まって遊ぶだなんて、ほんとうに久しぶりね」
 秋子さんは、穏やかな笑顔で言った。



 夕食。

 秋子さんを中心に、名雪と佐祐理さんが手伝って、料理をした。
 テーブルの上に並ぶ、数々のご馳走。

 さりげなく、真琴が好きだった料理が並んでいた
 味覚が、人のソレとは変わりはじめていても、これなら、まことは美味しく感じるはずだ。

 …楽しかった。
 こんなふうに穏やかな時間が流れていく、いまという時が、とても幸せだった。



 やがて夜も更け、解散の時間となる。

 帰り支度を終えた佐祐理さん、舞、天野を見送りに、俺たちは玄関を出た。

「それでは、今日はありがとうございました。また明日も、よろしくお願いします」
 佐祐理さんはにこやかにそう言って、俺たちに頭をさげる。

「たまたま、割引券をもらったんだけど」
 …と言う秋子さんの提案で、明日はみんなで遊園地に行くことになっていた。

「それじゃ、明日の10時、駅前で」
「はい」

 まことは、皆が帰り支度をはじめると、急に黙り込んで静かになってしまった。
 いまも、佐祐理さんたちを見送りに玄関に来ていたけれど、なにも喋らず、ひとりもじもじと立ち尽くしていた。

 …もっと遊んで欲しいのだろう。
 いや、もっと長く、佐祐理さんと一緒にいたいのだ。

「ほら、まこと」
 俺は、まことの肩をそっと押しやり、佐祐理さんの前に押し出してやった。

「まこと?」
「あぅ…」

 まことは、おろおろもじもじ、しばらくなにも言えなかった。
 しかし覚悟を決めたのか、真っ赤になりながらも言葉を紡いだ。

「…あのね、あのねっ…」
 まことは、佐祐理さんを上目づかいに見つめる。

「佐祐理と、もっと一緒にいたいから…。また、佐祐理の家に泊まったら、駄目かなあ…?」
 喋り終えた後、もじもじとうつむいてしまった。

 甘えるのが下手なんだろう。
 しかし、その仕草は飾らぬもので、とても可愛らしかった。

「もちろんよ。祐一さん、いいですよね?」
「ああ、もちろんだ」

 佐祐理さんと俺の言葉に、まことはパッと顔を輝かせ、とてとてと佐祐理さんに走り寄った。

「それじゃまこと、明日また、遊ぼうね」
「美味しいお弁当、作っていくから」

 にこやかに手を振る名雪と秋子さんに、まことも元気よく手を振り返す。



 佐祐理さんの家に、舞も泊まるというので。
 ひとり帰る天野を、俺が送っていくことにした。

「美汐っ。祐一が送り狼にならないように気をつけてねっ!」
 すっかり普段通りになったまことが、そんなことを言ってきた。

 まったく、漫画をたくさん読んで、変な知識ばかり身につけているようだ。

「はい、気をつけます」
 天野も、まことの軽口にさらりと応えた。

 …っていうか天野、気をつけるってそんな…。

 夜道、天野と並んで歩きながら、俺は告げた。

「…明日、佐祐理さんと舞に、話すよ」
「はい」

 それだけで通じた。

「まことは…どれくらい、元気でいられるだろうか」
 なにかに押し出されるように、そんなことを口にしていた。

 俺の問いに、天野は少し顔を伏せる。

「そうですね…長くはない、と思います」
「…どうしてだ?」
「まことが会いに来た本人が、もうこの世にはいなかったですし」
「そうだったな」

「それに、以前の真琴のように、3週間以上も奇跡が続くことは、珍しいようです」
「珍しい? そうなのか?」
「大抵は…1回目の発熱で、すべては終わってしまいます」

 そう淡々と告げる天野に、苛立ちを覚える。
 天野の心の中は、口調とは裏腹に、苦しんで悩んで、悲しみが渦巻いていることを、いまの俺はわかっていた。

 だけれど、それを表に出さない天野を、寂しく思った。
 俺の前くらい、もう少し、そういう感情を出しても構わないのに。

「前から聞こうと思ってたんだけど。なんで天野は、そんなに詳しいんだ?」
「簡単なことです。相沢さんの前に私が現れたように、私の時にもそんな人が現れ、助言してくれたんです」

「そのひとも…」
 …俺たちと同じ経験をしていたのか?

「はい」
「いま、そのひとはどこに?」
「いません。…もう、ここにはいませんから…」

 天野は、少し寂しげな表情を見せて言った。


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