track 2……2steps toward



 角を曲がると、そこには佐祐理さんの住むマンションがある。
 天野と並んで角を曲がった俺は、そのマンションの駐車場に、人影があるのに気づいた。

 きゃーきゃー騒ぎながら雪合戦をしている、さんにんの子供。
 …ではなく、佐祐理さんと舞、そしてまことが、雪まみれになって遊んでいた。

「…元気だな」
「午前中は、あそこにある雪だるまをみんなで作りました」

 天野の指さす方向を見ると、マンションの入口近くに、巨大な雪だるまが鎮座ましましていた。
 …全長2メートルはありそうな、巨大なものだった。

「でかい…」
「それと、昨日はかまくらを作って、みんなで鍋をつつきました」

 天野が示した方向には、なにやら巨大な雪のかたまりがある。
 入口が見えるので、そのかたまりは中に空洞ができているのだろう。

「秘密基地って感じだな」
「苦労しました…」

 さんにんを見ると、佐祐理さんとまことがコンビを組んで、舞と雪合戦をしているようだった。

 ところが、佐祐理さんとまことが投げる雪玉はことごとく舞にかわされていた。
 逆に、舞の投げる雪玉は的確にふたりをとらえる。

「もおぉ〜っ! どうして当たらないのよぅっ!」
 それが面白くないらしく、まことはむきになって雪玉を投げ続けていた。

「修羅場をくぐってきたから」
 舞は、そうサラリと答える余裕っぷり。

 さらに、まことの投げつけてきた雪玉を片手でキャッチして、勢いを殺さずにくるりと腕を回し、投げ返すようなことまでしてみせる。
「わぁーっ!?」
 まことのおでこにクリーンヒット。

「…秘技、雪玉返し」
 そのまんまの命名だった。
 というか、そんな使いどころが限定された技があっても、なんの役に立たないような気もする。

「あーっ、祐一さんだーっ」
 佐祐理さんが俺に気づいて、手を休めて微笑んだ。

「おうっ、祐一さんだぞ」
「よかった。昨日は急に帰ってしまったから、心配してたんですよー」
「ごめんな。ちょっと気分が悪くなってさ」

 佐祐理さんと舞の楽しそうな様子を見て、安心した。
 まことと、仲良くできているようだ。

「それより、雪合戦か?」
「はい。まことが、どうしても遊びたいって。
佐祐理の部屋には、遊び道具とかそんなに無いですからね…」

 俺と佐祐理さんが話している最中にも、まことと舞は雪合戦を楽しんでいた。
 もっとも、舞は平然と避け、まことがムキになってヘトヘトになっているだけだが。

 いまのまことは、俺に突っかかってきた真琴とは違って。
 俺なんかよりも、佐祐理さんや舞と遊んでいるほうが楽しいのだろう。

 …正直さびしかった。

「あ、美汐〜っ。美汐も一緒にあそぼう!
舞に、ぜんぜん雪玉があたんないの」
「はい。でも、川澄さんはとても運動神経がよさそうですね」
「うん。…だから、3対1で舞を倒すのっ」

「…それは、舞が可哀想だぞ」
 寂寥感を振り払って、俺は割り込む。
「俺が、舞を手助けしてやろう。これで、3対2だ」

「う〜ん、敵も増えるのね。
…でもいいわ、舞に当たらなくても、祐一になら当たりそうだもの」
「いったな、こいつめ」

 まことは、俺の名前を覚えていてくれた。
 それが、少し救いだった。

「舞と俺は、おなじ戦場を行き来した戦友だからな。
舞ほどではないにしろ、俺も修羅場をくぐっているぞ」

 …最初は、余裕があった。
 佐祐理さんや天野には雪玉を投げづらくて、まことに投げたり、舞に雪玉を供給していたりした。

 でもそのうち、まことはもちろん、佐祐理さんや天野さえ、俺に当たり前のように雪玉を投げつけてきて。
 それを何度か受けるうちに吹っ切れて、俺も投げ返すようになった。

 それこそ、夢中になって雪合戦に興じる。
 …全力で雪合戦を楽しむだなんて、いったい何年ぶりだろうか。

 そしてこれは、まことがいるから行われる遊びだと気づく。
 俺や天野、佐祐理さんや舞が集まっても、こうやって雪合戦をやることはないだろう。

 夢中になって雪合戦を楽しむまことがいるからこそ、楽しめる遊び。
 こんな風に雪合戦を楽しむなんて、いまだけかもしれない。



 雪が溶けて、濡れてしまった服を脱ぐ。
 佐祐理さんが用意してくれた服に着替え、濡れた服を乾燥機にかけた。

 俺は、舞が置いておいたジーンズを借りたのだけれど、ちょっとキツかった。

 舞の提案で、全員で銭湯に行くことになった。
 まだ早い時間なので、ほとんど俺たちの貸し切りだった。

 俺ひとり男湯だったけれど、隣の女湯から、みんなの楽しそうな話し声が聞こえてきて、なんだか幸せを感じた。
 まことは家から水鉄砲を持ってきたらしく、楽しそうにはしゃいでいた。

 ロビー…というか、待合室と形容するのが似合うような所で、合流。

 風呂あがりに、定番のフルーツ牛乳を飲む。

 舞が、腰に手を当ててグイグイ飲む様子が面白くて。
 俺とまことはそれを真似て、舞の隣で腰に手を当てて飲む。

 風呂あがりの暖かい気持ちで、佐祐理さんの家へと帰っていく。
 夕焼けに彩られた商店街が、なにか優しい気持ちを抱かせる。

 佐祐理さんを憎いと言っていたまことも、昨日今日と接するうちに、突っかかることもあまり無くなったようだ。
 たまに、子供っぽい悪戯を仕掛けては、舞に止められたり、佐祐理さんにやんわりとたしなめられる。

 夕暮れ時、商店街で買い物をする俺たち。
 他人からは、どんな姿に映るのだろうか。

 歳も背格好もバラバラの5人。

 …ただひとつ明かなのは、俺たち5人が、じつに楽しげにしていると映ることだろう。

 途中、ゲームセンターの店先に据え付けられたプリント機で写真を撮る。
 12枚刷りの、シールになるヤツだ。

「さ、さすがに5人で撮るのはつらいな」
「じゃあ、祐一を外そうっ。女の子4人で撮るの」
「なにぃっ、まこと、おまえそりゃちょっと酷いぞ」
「あはははは。じゃあ、祐一は端の端で許してあげる」
「…っていうかこれ、俺の金で録るんだけどな…」
「もう、祐一はセコイんだから!」

 でもさすがに5人は無理だったので。
 俺と天野とまことと、佐祐理さんと舞とまことの2回に分けて撮ることになった。

「なんでまことだけ、2回も撮っていいの?」
「これは、まことのために撮るんだからな。当然だろう」
「ふ〜ん…?」

 納得はできていないようだけれど、自分のためと言われて、悪い気はしないのだろう。
 道すがら、大切そうに写真を見比べるまことの様子が、とても可愛らしかった。



 佐祐理さんの部屋にもどり、みんな元の服に着替えていく。

 決して広くはない部屋に5人が集まる。
 しかし窮屈さを感じることは無く、居心地よくくつろげる空気があった。

「ね、佐祐理。本読んでよっ」
 まことは、帰る途中で買ってきた漫画雑誌を掲げて、佐祐理さんに示す。

 …俺は、ショックを受ける。
 まことが現れて、まだ数日しか経っていないのに、もう漢字が読めなくなりはじめているのか?

 しかし、それは杞憂に終わる。
 まことは、ただ甘えたいだけのようだ。

「キレイな声でお願いね」
「佐祐理さんは夕食の支度で忙しいだろうから、この俺が読んでやるぞ」
「そう? じゃあ祐一なら、森本さんの声でお願いしようかな」
「よし。丸々と肥えた力士の声で読んでやろう」
「やだーっ!」

「…まあ、それは冗談だ。ちょっと用事あるから、舞にでも読んでもらえよ。
佐祐理さん、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

 言いながら、天野に目を向ける。
 それに気づいた天野は、うなずき返してくれた。

「はい、いいですよ」
「じゃ、こっちに…」

 俺は、佐祐理さんと天野をともなって、居間から出てていく。

「じゃあ、舞がご本読んで」
「え…」
「舞は、ふだんあまり喋らないんだから、いい発声練習になるでしょ」
「…佐祐理、早く帰ってきて」

 まことが差し出した漫画雑誌を、舞は受け取る。
 まことの頼みを断りきれない舞が、おかしかった。

 舞の口から少女漫画の甘い台詞が語られるのかと思うと、聞いてみたい欲求がわいたけれど、いまはそれどころではない。


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