背景-雲間

…風の中を切っていく。

早く…一刻でも早く、彼女のもとへ。

意識が薄れていく。

萎えそうになる心…いまにも消えてしまいそうになる意識…。

最期の気力を振り絞り、あの場所へ向かっていった…。

   黒画面

………。

……。

…。



へ…。

…くしっ!

   CD-02-野道

往人「んあ〜…」

ずずず…と、鼻水を吸いあげる。

…寒い。

冷房の効きすぎだ。

心地よい揺れに身を任せているうちに、居眠りしていたようだ。

ガタンゴトン…。

揺れる車内、唸るような物音。

   背景-青空3

霞んでいた視界が晴れると、向かいの窓から流れていく景色が目にはいった。

つぎつぎに流れ、消えていく景色の中で、姿を変えないものがある。

…青い空と、青い海。

いま俺が乗っている電車は、知らぬ間に海の近くまで来てしまったようだ。

目的地などない。

ただ、停車していた電車に乗り込んだだけだ。

…あてのない旅。

目指すものはあるが、それがいったいどこにあるのかは知らない。

だから、日本中を行き来している。

…ぐぅうぅ〜っ…。

腹の虫が盛大に鳴った。

往人「腹減った…」

田舎の路線。しかも昼過ぎという時間帯。

人影はまばらで、ひとつの長椅子に客がいないほうが多いくらいだった。

俺は席に座ったまま、手足をぐぅっと伸ばす。

往人「海、か…」

…夏の海。

泳ぎ回る魚。

…それを塩焼きにして食う。

泳ぎに来た観光客。

…それを目当てに大道芸で飯代を稼ぐ。

田舎の爺ちゃん婆ちゃんの家に遊びに来たガキんちょども。

…そいつらから、やはり人形芸で飯代を稼ぐ。

完璧だ。まったく隙がない。

効きすぎた冷房で風邪をひきそうだし、腹も減った。

ちょうどいい。つぎ停まったら、降りるとするか。

   背景-青空2

…ほどなくして、小さな駅に電車は滑り込んで、停止した。

プシューっと気の抜ける音とともにドアが開いて、まぶしい日差しが床を切り取る。

ドアの向こうには、夏。

   白画面

   WAVE-あぶらゼミ


光のドアをくぐっていくような感じで、暗い車内から一歩、駅のホームに足を踏み出した。

夏の太陽が、容赦なく身体を刺す。

別世界のように熱くうだる空気が押し寄せてきた。

日差しに照らされた光景があまりにもまぶしくて、まぶたを閉ざさなければならないほどだった。

   背景-青空2

往人「アヂィ…」

思わず、クルリと振り返って涼しい電車の中に戻ろうとする。

…ぐぐぅうぅ〜…。

再び、腹の虫が叫び立てた。

往人「…仕方ねえ」

ひとつため息をついて、もう一度、天国と地獄の境を越えた。

手に持ったバッグを駅のホームに下ろし、背筋をぐぐっと伸ばす。

そのまま左右に腰を回転させすると、鈍りきった身体がぼきぼきと音を立てる。

背後で、電車のドアが閉ざされた。

電車が走り去っていく際に生まれた風が、夏の空気を掻き乱す。

…電車がいなくなった駅を、ぐるりと見渡す。

寂れた、小さな駅。ろくに人影も見あたらない。

どっからどう見ても、田舎の駅だった。

…ふと、奇妙な感情がこみあげる。

俺は、この景色を前にも見たような気がする…。

なんとはなしに、見覚えのある町並み。

海辺の町、か…。

…あの町には駅なんてなかった。

そうとも、あの町でなければ、どこだっていいんだ。

いや、駅はあったか。

ただ、経営が成り立たずに廃線になっていたんだっけか?

あの町を…。

あいつがいる町を避け続けて、もう何年になるだろう。

往人「さて、と…」

バッグを持ちあげて肩に背負い、辺りをもう一度見渡してみる。

小さい駅ではあるものの、ちゃんと駅員もいるようだ。

その駅員に背を向け、なにげない仕草をよそおいつつ、駅のホームを歩いていく。

改札口…。

…ではなく、ホームの端っこに向かって。

俺はホームの端から、線路にヒラリと飛び降りた。

そうして、近くの踏切からなに食わぬ顔をして道路にでる。

もちろん、電車に乗るときは逆の方法で。

…無賃乗車である。

声「あ、待ちなさいっ!」

やばい、見つかったっ。

呼び止める声を背に受けながら、俺は全力で駆け出した。

流れていく景色に、見覚えがあった。

   BGMストップ

俺は立ち止まり、いましがた逃げてきた駅を振り返る。



   モノクロ-背景-駅前-昼間

観鈴『往人さん…』



   背景-駅前-昼間

往人「………」

大きく息を飲み、しばらくその場で立ち尽くした。

往人「そう、か…」

   WAVE-あぶらゼミ

身体を襲った衝撃をやわらげようと、ゆっくりと息を吐き出した。

往人「この駅、また、使われるようになったのか…」

この数年、ずっと避け続けていたというのに。

また、この町に来てしまった…。

…あいつは、どうしているだろうか。

ギュッと、胸に切ない感情がこみあげる。

元気にしているだろうか…。

変わらず、あの微笑みを浮かべているだろうか。

…すぐに立ち去るべきだ。

この数年、あいつを救う方法を見つけ出すために、ずっと旅を続けていた。

その方法を見つけるまで、この地に足を踏み入れないと誓っていた。

…しかし、それもこうして、あっさりと破られてしまった。

それならば…。

   背景-青空3

せめて一目、いまのあいつを見てみたかった。

あいつは、頑張っているだろうか。

俺なんかがいなくても、ちゃんと微笑んでいるだろうか。

…ずっと戒めていた誓いを、ついに破ってしまった。

あふれでる想いを、抑えきれない。

あの夏の日、あいつと出会った町に向かって、俺は足を踏み出していた。

…観鈴。

   BGMストップ

おまえ、笑っているか…?



   黒画面

   CD-23-鳥の詩



   オープニング



   BGMストップ



   黒画面

   WAVE-風の音


…ほんとうに…。

ほんとうに、あんな選択しかなかったのだろうか。

   モノクロ-バス停-昼間

   黒画面


もっと別の、いい方法があったんじゃないだろうか。

あの別れが、俺の胸に後悔という名のくさびを打ち込んでいた。

何年も経った今でも、その後悔は俺をさいなみ続けていた。

…らしくない。

そうやって振り切ろうとするが、だめだった。

それだけ俺は、あいつのことを…。

   モノクロ-背景-ベッドに横たわり、目を閉じた観鈴

   黒画面


…好きだったんだと、思う。

あいつのそばにいたときの安らぎ。

あいつを抱いたときの、満たされた心。

   モノクロ-背景-裸身でベッドに横たわる観鈴

   黒画面


…それなのに。

いや、それだからこそ、俺は…。

観鈴…。

おまえ、元気にしてるか。

俺の体調が元に戻ったように、おまえも元気になっているか…?

…それは、願い。

いや、祈りだった。

   モノクロ-背景-親と子と

   黒画面


『彼女はいつでもひとりきりで』

『そして、少女のままその生を終える』

『二人の心が近づけば、二人とも病んでしまう』

『二人とも助からない』

『だから、その子は言ってくれたの』

『わたしから離れて、って』

…観鈴と離れたのは、あのままでは二人して死んでしまうと思ったからだ。

離れれば、元に戻る。

…ほんとうにそうだったのか?

それに、それは根本的な解決じゃあないはずだ。

…だから俺は、探した。

観鈴を救う方法を。

…けれど、見つからなかった。

それらしい文献の写しや伝承を得ることはできたが、それで観鈴を救えるようになったわけじゃない。

そうやって、何年も何年も、日本中を旅してきた…。

けれどいまだに、見つけられずにいた。

そうして、その長い旅の間、俺はあの海辺の町に近寄らなかった。

結局は…。

理由を見つけて、逃げていたのではないだろうか。

観鈴を見捨てたんじゃないと、自分を信じ込ませたかっただけじゃないのか。

俺は…。

…観鈴がもうこの世にはいないのだと、心のどこかでわかっていた。

   BGMストップ



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