『……それでは、さきほど行った予選の集計結果が出たようなので発表に入りま〜す』
 梶浦緋紗子の楽しそうな声が、マイクによって会場に響き渡った。

 会場から見て、舞台の左端に机が出されていて、そこに緋紗子と新生徒会長の門倉葉子が椅子に座っていた。
 それはちょうど、出場者たちの控え室とは逆の位置にある。

『結果発表の後には二十分ほど休憩を挟みますが、その休憩時間中は化粧室が混雑することが予想されま〜す。急いで結果を知る必要がないって子は、いまのうちに化粧室に行っておくことを強くお薦めしておきますね』
『発表の後、舞台横の壁面と出入り口の二カ所に予選結果の紙を張り出しますので、そちらでも確認が出来るようにします』

 緋紗子と葉子が、机のうえにある書類を譲り合っていた。
 そうして役割が決まったらしく、ふたりして頷きあう。

『それでは。発表は私、来年度の生徒会長である門倉葉子が』
『解説は私、梶浦緋紗子が務めさせていただきま〜す』

 会場が少し暗くなり、舞台上だけが明るいライトに照らされている。
 これから予選結果の発表が行われるわけだけれど、その気を引く演出に、席を立てる女生徒はあまり居なかった。

『それでは、得票順に発表させていただきます。なおこの予選での順位は、決勝で行われる、お姉さまへの告白の演技を行うそのままの順番になります』
『予選で票をたくさん取れた人から先に告白できるってわけね。後の人は、前の人の告白内容と被らないように意識しなければいけないし、なかなか難しくなるってわけ』
『会場に参加している皆さんの数は、全員で三百七十四名となります。予選では五点まで投票できるというルールだったので、六点以上投票してしまっていた方の票はすべてを無効とさせていただきました』
『単純に間違えて多く票をいれちゃった人や、マークシートの線を消し切れてなかった人も少し居たみたいね』

『……それでは、予選投票の第一位を発表させていただきます』
 葉子の声に反応して、スピーカーからドラムを叩き続ける音が流れてきた。
 その演出に、よほど急ぎでない女生徒以外は椅子に座り直してしまう。

『予選第一位は、得票数三百四十二票、三年の十条紫苑さまです』

 生徒会側の演出ももう必要なく、会場から湧き上がるような歓声が生まれる。
 そうして、舞台袖からすでに男装していた十条紫苑がニッコリと微笑みつつ現れた。
 舞台の中央に立ってから軽く一礼し、そのままそこで立ち止まる。

『三百四十二票というのはすごい数ですね、解説の緋紗子先生』
『紫苑さんの魅力はもちろんだけど、予選の一番最初だったというのも大きかったみたいね。参加者の九割以上からの得票なわけだし、無効票のことも考えるとすごい投票率になりそう』
『紫苑さまは、決勝でも一番最初にお姉さまへの告白の演技をすることになります』
『エルダーとエルダー、お姉さまふたりの競演ね。とっても楽しみ』

『……それでは、予選投票の第二位を発表させていただきます』
 ダラダラダラ……というドラムの音がスピーカから鳴り響く。
『予選第二位は、得票数二百九十四票、三年のたかなし……え?』

 たかなしと云えば小鳥遊圭の名前が予想されて、圭ファンならずとも歓声をあげたのだけれど、なにやら舞台上がざわめいていた。

『……ええっと、予選第二位は二百九十四票獲得の、三年の小鳥遊圭さまなのですが、いまちょっと……』
 発表役の葉子の声が、しどろもどろな様子で会場に響き渡る。
 そんな様子に、会場がざわざわと騒ぎ始めた。

「あ、圭さまっ」
「圭さまですわっ!」
 会場のほうから、別のざわめきが生まれた。

 見れば、会場の壁際を颯爽と駆け走る女生徒の姿があった。
 恵泉の黒い制服を着て、スカートの裾と胸元まで伸びた髪をなびかせ、しかし顔の表情は揺るがさないまま、それなりの速度で舞台まで駆け寄ってくる。
 そのままの勢いでバッと飛び跳ね、舞台上にまで登ろうとするが……いかんせん舞台は高く、跳ね上がるには纏い付く長いスカートが邪魔し、結局登り切れずに舞台縁にへばりつく格好で止まった。
 会場に居た圭の親友、高根美智子がお尻を持ちあげ、舞台のうえからは紫苑が腕を取り、圭の身体を舞台上に引っ張り上げた。

『お、おめでとうございます。圭さまが予選第二位通過です』
『……お待たせしました』
 君枝が慌てた様子でマイクを持って駆け寄り、それに対して圭が答える。

『……どこに行ってらしたんですか?』
『ん……演出、と云いたいところだけれど、ちょっとトイレに』
 君枝がマイクのスイッチを切れ忘れていたのか、そんな声が会場にこぼれた。

 圭はまったく居心地の悪そうな様子もなく、恵泉の制服のままで男装の紫苑の横に並んだ。

『ええと……予選第二位の小鳥遊圭さまが、決勝では二番手になります。……それでは、予選第三位の発表に移らせていただきます』
 もうお馴染みの、ドラムの音が会場に鳴り渡る。
『予選第三位は、得票数二百八十九票、三年の御門まりやさまです』

 会場の歓声とともに、舞台袖から男装を済ましていたまりやが颯爽と現れる。
 この予選発表会でもすでに戦いは始まっているのだ、という様子で、立ち居振る舞いも堂々としていた。
 舞台中央に立っている紫苑と圭の横に並び、どこかキザっぽい仕草で心持ち顎をあげ、そこで直立する。
 まりやは圭の横に並んだのだけれど、その際、圭のことを軽く肘で小突いていた。

『二位の圭さまと三位のまりやさまとの得票数はたった五票になりますね、解説の緋紗子先生』
『圭さんは演技を期待されて、まりやさんは格好良さを期待されてあれだけの票を受けられたんでしょうね。ふたりとも、決勝での告白も楽しみだわ』
『続いては、予選投票第四位の発表に参ります』

 この上位三名が予選に勝ち残るということは、ほとんどの参加者が予想できていたに違いない。
 残り二名が誰になるのかと問われれば、瑞穂、紫苑、まりや、圭以外で、もうひとり卒業生で有名な人物を脳裏に浮かべることだろう。

『予選第四位は、得票数二百二十七票、三年の厳島貴子さまです』

 果たして、その人の名前が会場に響き渡った。
 舞台袖から現れた貴子の姿に、会場から「会長」コールがわきあがる。

 真っ白いワイシャツに、男子用学生服の上着を羽織っている。
 歩くことで、栗色のウェーブヘアーと黒い上着の裾が軽やかに靡く。
 舞台袖に居た君枝の頭から、ヒョイっと学帽を奪い取り、そのまま浅く被って舞台上を中央に向けて歩いていく。

 生真面目すぎる、融通が利かない、冷たい人、などと色々と陰口を叩く者も居ないでもなかったが、彼女の華やかさを否定する者は誰ひとりとして居ないだろう。
 そんな貴子も、卒業を前にしてずいぶんと柔らかい微笑みを浮かべるようになっていた。
 いまも舞台に立ち、軽やかに笑顔を見せる貴子の姿に、上位三名に負けないほどの歓声があがっていた。

『上位三名と比べると少し得票数が落ちますが、これは出場順も関係しているのではないかと思われます。いかがでしょうか、解説の緋紗子先生』
『会長である貴子さんが一番最後の出場になったというのもなかなかに面白いことでしたね。多くの方が無理にでも男装しようとする中、貴子さんひとりが、元の女性らしさを保ったまま男装を着こなしている姿が新鮮で、票が残っていた方は迷わず彼女に投票したのではないかと思います』

 舞台中央に出場者四名が並んでいるのだが、その端のまりやと貴子が二言三言会話をした後、フンッと互いに顔を逸らす様がうかがえた。

『……さて、それでは最後の予選通過者、五位の発表に移ろうかと思いますが……面白い結果になりましたね、緋紗子先生?』
『そうですね、予選上位四名は恵泉での有名人たちでしたから、ある意味では納得できる結果であったかもしれません。そんな中、五位から九位まではほぼ一線、団子状態になっていたようですね』
『五位がちょうど二百票で、九位が百八十九票ですから、ほんとに接戦です』
『そんな団子状態をアホ毛一本分抜き出たのが……もとい、跳ねっ毛一本分、あるいは鼻差で勝ち取ったのが……』

『予選第五位、得票数二百票、一年の上岡由佳里さんです』

 わーっと、会場から歓声があがった。
 それはいままでの上位四名とは違って、舞台上のその人を元気づけようとするかのように、暖かな拍手をともなっていた。

 男装に着替えた小柄な由佳里の姿が、舞台袖に居た他の出場者たちから優しく押されるようにして舞台に送り出されてきた。
 その後は舞台上に居た予選通過者四名が引き継ぎ、カチンコチンに固まっている由佳里を舞台中央まで移動させる。

『小柄でちょっと頼りなくって、緊張していておろおろしている可愛い子を、お姉さんたちが応援してあげたくて投票したんじゃないかしら。舞台の上に立って、えいっと気合いを入れてから涙を拭う仕草なんて、頑張る美少年みたいで先生、キュンってしちゃった』
『……そ、そうですね。自信に満ちあふれているお姉さま方の中で、ただひとりの一年生が健気に頑張る様が予想できて、とても良いアクセントになりそうですね。
 それでは、これにて予選の結果発表を終了いたします。本戦である決勝は、この後二十分の休憩を挟んだ後に行います……──』



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