(む、無理っ。こんなにすごいお姉さま方と競い合うだなんて、絶対無理っ!)
 上岡由佳里は、舞台の上でスポットライトを浴びつつ、ガクガクブルブルと震えていた。

 二十分の休憩時間となり、会場の多くの生徒たちが散らばる中。
 ちょうど舞台の幕も下ろされ、視線の呪縛も弱まっているだろうに、由佳里の震えは止まらなかった。

「……あれね。小学校の頃に学校で世話をしていた、兎を思い出すわね」
 圭がいつもの真顔のままで腕を組み、由佳里のことを観察するように見つめる。
「いつ見てもふるふる震えていたけど……あなたにそっくりだわ」

「ちょっと圭さん、由佳里を弄らないでくれない?」
 まりやが、震える由佳里の肩にそっと手を置く。
「その小学校の兎とやらも、あなたのことを見て怖がっていたんじゃなくて?」

「失敬な。丹念に丹念に世話をしてあげたので卒業するまで元気だったわ。……それはもう、不思議なぐらいにね」
「ちょっと待ってよ。飼育係ってそんな長く続けるものなの?」
「いや、ちょっと個人的に世話を……なにかに役立たないかなと思って」
「個人的にってなによっ、役立てるってなににさっ?」
「いまでもまだ元気かもしれないわ。あの成長度の勢いからすると、他の動物たちの飼育費を圧迫するぐらいに……ふふふ」
「こわっ」

「……ま、まりやお姉さま……むむむ無理ですよう。こ、こんなすごい皆さんと競いあうだなんて……」
 由佳里は半泣きだった。
 予選で舞台を歩くことですら全力だったというのに、このうえ告白の演技まですることになったら、自分はどうなるのだろうか、と。

 周りには、いまの恵泉を代表する有名人が勢揃いしている。

 誰よりも友人知人を多く持ち、お洒落と化粧に関して並ぶ者は居ないと称される御門まりや。
 中等部の頃からその演劇の才を発揮し、恵泉以外でもその道で名を轟かせているという小鳥遊圭。
 敬われるエルダー・シスターだったという、美女にしてお嬢さまの十条紫苑。
 厳しく冷たいと云われるものの、その華やかさは全生徒が認める美貌の持ち主にして、生徒会長の厳島貴子。

 それに比べて自分は……と、その場違いっぷりに由佳里は嘆いてみせる。

「……甘いわね」
 まりやが言葉を選んでる間に、スッと圭が割り込んできた。
「本当にすごいヤツっていうのは、こんな表舞台には出て来ないものなのよ」



「……へくしゅっ!」
 休憩でざわめく会場に、ひとつのクシャミが生まれた。

「まあ。美智子さん、大丈夫ですか?」

「ええ、平気ですわ。風邪でも花粉症でもありません」
 高根美智子は、自分を心配してくれたクラスメイトにニッコリと微笑んで返した。
「ゴッドブレスミー、ですわ」



「……んで、小鳥遊さんちのお圭さんとしてはなにが云いたいわけよ?」

「であるからして、すごい人だとか有名人だとかは……ああ」
 何か言葉を続けようとして、圭は口ごもる。
「兎のようなあなたは育て甲斐がありそうだけれど……決勝では完全に敵同士。あたしは、敵に塩を送るような真似はしないわ」
 片手をピッと上げた後、圭はひとり、控え室に向かって歩いていった。
「それではごきげんよう……まりやさん、琥珀の君」

「むむむむむ……」
 まりやは困って、あたりを見回す。

 最初に決勝へ出場することが決まっている紫苑は、なにやら考え込みながら舞台袖で隠れるようにして立っている。
 貴子は、控え室近くで君枝となにか談笑していた。
 瑞穂はといえば、こちらのことが気になっているようだけれど、緋紗子と葉子のふたりとなにか打ち合わせをしていて離れられない様子だった。

「まりやお姉さま。とりあえず、控え室に連れて行ってはいかがでしょうか」
 心配顔の奏が現れ、由佳里の袖を軽く引っ張る。

「そうね……。予選に出すのはうまくいったけど、これは難儀しそうだわ」
 ギクシャクと歩くことさえ覚束ない由佳里を半ば引っ張って、まりやと奏は控え室に移動していくのだった。



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