1999.01/05 Tue 17:15

 雨が降っていた。
 雪になってもおかしくないくらいに、冷たい雨。

(…1年。あと20日もすれば、1年が経ってしまう…)

 その日も、茜は傘を差して、物寂しい空き地に佇んでいた。

(いまでも、ゆうのこと、覚えていますよ? あなたとの思い出、たくさん、話すことができます)

 茜は、その場から立ち去ることも出来ず、ただそこに立ち尽くしていた。

(…それなのにあなたは、帰ってこない…)

 彼が帰ってくる気配など、微塵も感じられなかった。
 それどころか、逆の気配のほうが強まるばかりだった。

 彼の両親は、近日中に、海外へ転勤することになっている。
 あの家は、同じ会社の別の人に貸し出すと茜は聞かされた。

 そして、もうひとつ、茜の中で強くなっていく不安。

「…茜」

 ふいに、掛けられる声。
 …折原浩平。

「どうしたんだ…」
「浩平。…どうしたの?」
「…いや、ただ通りがかっただけだ」

 少年が、空き地に佇む茜の元に歩み寄った。

「ゲームセンターの帰りですか?」
「どうして分かったんだ」
「…何となくです」
「そうか…」

『…ゆう、またゲームセンターですか?』
『どうしても負かしたいヤツがいるんだ。K.Oとかいうふざけた名前の記録、今日は俺が塗り替えてやる番なんだ』
『ゆうは、いつもあまり意味のないことに一生懸命ですね』
『俺はいつだって本気だぞ』

 …いつだったか。
 そんな会話を、幼なじみの彼と交わしたのを、茜は思い出した。

「…あけましておめでとうございます」
「今年初めてだったな、茜と会うのも」
「…はい」
「じゃあ、オレも…おめでとう」
「…はい」

(私は…浩平に惹かれている。

 雨の空き地で、互いに強く認識を覚えた、あの日。
 浩平が、私のお弁当を食べた、あの日。

 はじめて名前で呼び合った、あの日。
 はじめて一緒に下校した、あの日。

 帰りに寄り道して、すっかり迷ってしまった、あの日。
 ひとつ年下の上月さんと浩平と、3人でワッフルを食べた、あの日。

 浩平が詩子を連れてきて、3人で話した、あの日。
 …そして、詩子と浩平と上月さんと私の4人で、クリスマスパーティーを開いた、あの日)

 自分に話し掛けてくる少年を見つめ、茜の胸は騒いだ。

(…私の中で、浩平への想いがふくらんでいく)

 茜の中で渦巻く葛藤。

(私は、どうすればいいのだろう…)

 …どうすればいい?
 そんな風に思うほどに、茜の気持ちは揺らいでいた。

 絶対だったはずの幼なじみと。
 話すようになって1月しか経っていない少年と。

 ふたりを想い、茜は揺れていた。

「…ごめんなさい」

 茜の口から、つっと漏れ出た、謝罪の言葉。

 それは、帰って来ない幼なじみへ向けた言葉か。
 応えきれない、目の前にいる少年への言葉か。



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