「ママ、行ってきます…」
「行ったらいやや、いやや、観雪…うわあああぁぁぁっ!!」
うちはそのままその場に泣き崩れた。
FolkLore Side B
それからどのくらい経っただろうか、外はすっかり暗くなっていた。
往人に対する憎しみもあるが、それ以上に、観雪がうちよりもあいつを選んだことに、
うちは深い喪失感を覚えていた。
もう、何をしたらいいかわからない。 何もする気力がわかない。
…もうすべて忘れよ。 すべて忘れて…
うちは酒を飲んだ。 酒の味は苦かった。
うちは再び、観雪の部屋にあがった。
もうこの部屋の主はいない。
観鈴は死に、かわいがっていた観雪もうちの前から巣立ってしまった。
「あれ?」
うちはふと、机の上にある封筒に気がついた。
いかにも観雪が好きそうなかわいらしい絵柄の封筒。
そのあてな書きにはただ一言、「ママへ」とだけかかれていた。
うちは無言のまま、封筒を開ける。
そこには、観雪の字がずらりとかかれてあった。
『ママへ。
ママ、元気にしてるかな?
ママがこの手紙を読んでいるということは、
きっと観雪ちんは、お父さんと旅に出てるっことになるね。 にはは。
観雪も本当は、ずっとこの家にいたい。 うぅん、ママと一緒にいたいって思ってる。
ママの実の娘であってもなくても、ママはこの9年間、
ずっと観雪のそばにいてくれたんだから。
でもね。 やっぱり…夢の女の子のことが忘れられないの。
空のどこかで一人さびしく立っている少女。
そして、お父さんが教えてくれた、観鈴お母さんと同じように、
その夢で苦しんでいる女の子のことが…
確かに観雪も、ずっとこの家でママと二人、幸せにくらせたらと思うよ。
でも、助けられるかもしれない女の子を見捨てて、自分だけ幸せにひたるなんて…
そんなこと、絶対したくない。
観鈴お母さんみたいな人は、もう二度と出てきてほしくないの。
だから、観雪は…お父さんについていこうと思います。
私の力で、苦しんでいる人たちを救うことができるなら…
そのためなら、苦しいたびも、ママと別れるのだって平気。
きっと、そのことで、観鈴お母さんも喜んでくれると思うから。
それじゃ…行ってきます。
必ず…必ず戻ってくるから、ずっとずっと元気でね
観雪』
読み終えたうちの目から一筋の涙が流れた。
バカやな…うちは。
なんで、もっと観雪のことを信じてやれなかったんや。
観雪はうちのことが嫌いになったわけやない。
自分の目的のために、あえてうちのそばを離れたんや。
うちと往人の絆をはかりにかけたんやない。
あいつがはかりにかけたんは、
うちと一緒にいることの幸せと、苦しんでいる人のために苦難の道を歩むこと。
そして観雪は後者を選んだ。 ただそれだけのことや。
観雪とうちの絆は変わらない…そう思ったとたんに、胸のつかえが取れたような気がした。
心がどんどん晴れやかになってくるのを感じる。
そうや。 娘が一つの目的にひた走ってるのに、呆けてどないするねん。
あの子が目標のために一生懸命がんばってるなら、
うちにできることは一つしかないやろ。
うちは、ベッドの上のはさみを手にとった…
それから数ヶ月後…
「つかまえたっ!」
「ママっ!」
ある街に、観雪を抱きしめて輝かしい笑顔を浮かべる晴子の姿があった…
END
◇