♪ Page2 爽やかな風に吹かれて
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礼拝堂での出来事を、まりやと紫苑さんに報告する。
まりやは、あの子を解放したことに納得していないようだったけれど、それをなんとかなだめる。そもそも、僕が鍵を掛けなかったのが原因なのだから、と。
無くなった胸パッドのことは気がかりではあったけれど、もし誰かが拾っていたにしろ、あるいは盗んだにしろ、僕の物だとはわからないだろう。だから問題にはなるまいと安心していた。
そんな僕たちに……昼休みもそろそろ終了し、予鈴がなるであろう頃合いに、最後の一幕が訪れた……。
紫苑さんと一緒に、席に戻ってまったり休んでいると、教室の扉がガラリと音高く開いた。
「3Aの生徒諸君、刮目せよっ!」
聞いたことがあるような声が、生徒が半分ぐらい戻ってきていた教室に響き渡る。
僕と紫苑さんも、そして周りにいるクラスメイトのみんなも、導かれるようにして教室に入ってきた女生徒に目をやって……そして絶句した。
その大きな声を出したのが、ふだん無駄口を叩かず、口を開けば鋭い突っ込みや不可思議なことを喋るという、独特な空気を纏わせている小鳥遊圭(たかなし・けい)さんであること。そして……そして……。
「ところで、あたしの胸を見てくれ。こいつをどう思う?」
『すごく……大きいです……』
圭さんに問われるままに僕たちは答えた。
ええ、それはもう、不自然なぐらい大きく胸元が膨らんでいて。
「ふははは、いまここに最強の巨乳爆誕っ。あの緋紗子先生さえも凌ぐほどの武器を手に入れてしまったわ」
これまでの台詞をすべて真顔で喋っているあたりが、いかにもあの圭さんらしく。
「ど、どうしたんですの圭さん……?」
入り口近くに居た女生徒が、圭さんの胸をまじまじと見つめつつ訊ねる。それに対して圭さんは、強調するように自分の胸を両手でワッシとつかみ、
「昼休みに寝ていたら、それはもう、突然にムクムクと……」
と云うのだが、圭さんの隣にいる高根美智子(たかね・みちこ)さんがそれをたしなめた。ごく普通の女生徒、という印象のある美智子さんだけど、変わり者の圭さんとは無二の親友らしい。
「嘘はいけませんよ、圭さん。これはですね、さきほど部室で見つけたシリコンの胸パッドをつけているんです」
「美智子、もうバラすの……もうちょっと、みんなから尊敬されたかったのに」
「そんな不自然な胸、誰も尊敬なんてしてくれませんよ」
それからというもの、圭さんの胸から剥ぎ取られたシリコン樹脂の胸パッドをめぐって、教室は大騒ぎになった。手でさすったり揉んだり、あろうことか服の中に入れて試してみたりと……。クラスのみんなの手に胸に、僕の、僕の胸が……あああああ……。
おろおろ、おろおろ、と慌てふためく僕をよそに、紫苑さんもその騒ぎに便乗して自分の胸につけて遊んでいたりしていたわけで……。ていうか一緒に楽しまないで止めてください、紫苑さん。
……結局、その噂を聞きつけたまりやが緋紗子先生を連れてきて、胸パッドが没収されるまで騒ぎは続いたのだった。まりやがすでに話をしてくれていたので、緋紗子先生経由で胸パッドは無事帰ってきたものの……。クラスメイトみんなに玩ばれた胸パッドが、なんだか酷く不憫に思えてしまった。っていうか、みんなの手が……胸に……直肌に胸が……あああああ……。
そうそう、余談であるかもしれないけど、ひとつだけ気になることがあった。
圭さんの親友であり、一般的にごく普通の女生徒にしか見えない美智子さんが、あの日の放課後、僕に話しかけてきた。
「そう云えば瑞穂さん、お使いになっていたシャーペン、買い換えたんですね」
「ええ、前のシャープペンシルは人にあげてしまいました」
「……そうですか、よかったです。ふふふ、ウサギさんのシャーペン、瑞穂さんにはアンバランスで可愛らしかったのに」
ただそれだけの、普通の会話のはずなんだけど……。
なんだか、後になってやけに気になった。
……不意に訪れた盗難事件は、こうしてようやく集結した。
この後すぐに、一子ちゃんによる幽霊騒動や、僕の水泳ボイコット疑惑が起こったりして、このような些末事は忘れられていった。
それはそうだろう、なにせ毎週のように、僕の身の回りで色々な騒ぎが起こってしまうのだから──……。
Fin
◇