1998.01/27 Tue 07:00

(忘れない。
 私は、絶対に忘れない。

 ゆうは言った。

『いいか、茜。忘れるんだ、俺のこと…』

 …それが、ゆうの本心からのお願いだったとしても、聞くわけにはいかない。

 私は待つ。
 ずうっと、待ち続ける。

 ゆうのことを忘れず、ずっと考え、想う。
 思い出を胸に、彼が帰ってくるのを、ずっと待ち続けてみせる。

 それが、唯一、彼が帰って来てくれる方法なのだと…。

 世界が…私以外のすべてが、彼のことを忘れてしまったとしても。
 私ひとりでも覚え続けていれば、彼を引き留める錨になるだろう。

 …そんな風に、直感した。
 私の直感なんて頼りないものだけど、それにすがりつく以外の方法を、私は考えつかなかった)



   1998.01/31 Sat 07:02

(私がゆうのことを忘れなかったら、きっとまた帰ってきてくれる。

 そんな風に思うと、少しだけ、気が楽になった。
 …だから私は、生きなければならない。

 彼が戻るきっかけを、私が生むことができるのかもしれないのだから。

 それに、私が彼を追うことを、彼は望んでいないだろう。

 生きなければならない。
 …でも、生きることは、なんて辛いものなのだろう。

 彼のいない世界で生きていくことが、とても苦痛だった)



   1998.02/04 Wed 06:59

(笑い方を忘れてしまったような気がする。
 …けど、それでもいい。

 学校に通うようになったけれど、学校の友人たちと距離を置くことにした。

 それは逃げなのだ、とも思えるけれど。
 笑えなくなってしまった自分が、友人たちにとって、快い存在になれるとは思えなかった)



   1998.02/25 Wed 06:58

(詩子と、少し距離を置くことにした。

 私は、詩子と対等の立場でいたいから。
 ただ甘えさせてもらうような、与えられるだけの関係ではなく。

 胸を張って親友だと言えるような、そんな関係になりたい。
 だからいまは、私ひとりで強くならなくちゃいけない)



   1998.03/03 Tue 07:02

(…できれば、ゆうともそんな関係になりたかった。
 そんな風に対等に付き合えるのが、恋人、というものなのだろうか。

 ただ甘えさせてもらえるような関係は、大した絆ではないような気もする)



   1998.03/27 Fri 07:02

(…自分が嫌いになった。

 ゆうに甘え、詩子に甘えて。

 それを当然のように要求し。
 振る舞い。
 ふたりからの愛情を受け止めていた、幼稚な私。

 頼るばかりでなく、頼られるような人間にならなければ)



   1998.04/23 Thu 07:05

(雨の降る朝は、いつもあの空き地に立つ。

 そうして待っていれば、いつかきっと、ゆうが帰ってくるのではないかと信じて。

 あきらめの悪い私は、今日もひとり、あの空き地にたたずむ…)



   1998.05/29 Fri 07:00

(夜、彼と一緒に遊園地で遊んだ。楽しかった。

 朝、目覚めてあれが夢だとわかった。涙が止まらなかった)



   1998.07/02 Thu 07:01

(毎日が悲しかった。

 …私は、ゆうがいないと駄目なんです。
 ですから、早く帰ってきてください。

 …そんな思いをよそに、私は、ひとりでいる生活に慣れていく。
 それが当たり前のように…彼のいない生活に、慣れていってしまう)



   1998.08/17 Mon 07:03

(彼のいない生活。慣れていく自分。

 …とても悲しかった。
 私は、ひとりで起きれるようになってしまった。

 寝起きは相変わらず辛いけれど、ゆうが甘えさせてくれた頃のように、二度寝することはなくなった)



   1998.09/15 Tue 06:57

(結局、私は、ゆうに甘えきっていたのだと実感させられた。

 必要以上に甘えて、べったりで、依存して。
 それと気づくことなく、彼に迷惑を掛けていたのだろう…)



   1998.10/02 Fri 07:00

(できることなら、ずっと、ゆうに甘えていたかった。

 子供のように、髪を撫でてもらうのが好きだった。
 子供扱いされるのに拗ねてみて、ゆうを困らせるのが好きだった)



   1998.10/16 Fri 07:04

(幼稚な自分を捨て、甘えきった自分から脱却することができれば、ゆうも喜んでくれるのではないだろうか。

 …強くなります。

 でも、ゆうのことが好きだから。
 帰ってきたら、たくさん甘えさせてください)



   1998.11/01 Sun 07:08

(笑い方を忘れたと思っていたのに…。

 詩子からの電話でお喋りをしている際に、彼女のペースに巻き込まれて、笑っている自分に気づいた。

 …詩子には、ずいぶんと、助けられているような気がする)



   1998.11/14 Sat 07:02

(…でも。笑みを取り戻していくことが、私には怖かった。

 それはまるで、ゆうのいないことを忘れていってしまうようで…。
 詩子には適当な理由を言って、部屋の電話を外すことに決めた。

 しばらく、詩子への電話は控えよう)



   1998.11/25 Wed 07:02

(それは、私への罰だったのだろうか。
 私が、ゆうのことを忘れていっている証拠なのだろうか…。

 今日、久しぶりに、ゆうのお母さんと話をした。
 そうして、来年の早い時期に、ゆうのご両親が海外に転勤することを告げられた。

 ゆうのお母さんは言った。

「前々から言われていたのに、なんでいままで、断り続けていたのかしらね」

 …ゆうの…帰る場所がなくなってしまう…)



   1998.12/01 Tue 07:05

(…1年。
 1年は長い。

 来月の26日で、1年が経とうとしている。

 私はほんとうに、ゆうのことを忘れていないのだろうか?
 それと気づくことなく、忘れてしまっているのではないだろうか?

 そうしていつかは、完全に忘却して、そのこと自体に気づかなくなっているのだろうか…。

 …お願いです。
 私が、ゆうのことをはっきりと覚えているうちに、帰ってきてください。

 1年は…長すぎます…)



   1998.12/02 Wed 07:51

(今朝も、雨が降っていた。私はありもしない希望にすがって、あの空き地に立ち続けていた。

 …そんな私の元に、近づいてくる足音があった。

 待望している彼の足音ではない。
 詩子のそれとも違う。

 視線を感じた。
 私は、その視線の持ち主を見つめ返した。

 私と同じ学校の、男子生徒だ。
 …見覚えがあるような気がする。

 なにか、不思議な感覚にとらわれた。
 なんと言えばいいのだろう…どことなく…そう、ゆうと似ているような…そんな感じだ。

「…よお、何やってんだ、こんな所で」

 その男子生徒が言った。

「誰?」

 私の言葉に、男子は言葉を詰まらせた。

「クラスメートの名前くらい覚えておけよ」
「…クラスメート」

 そういえば、いまのクラスの中に、いたような気がする。

 でも、どうしてだろう。
 いままで、気にしたことなんてなかったのに。

 この空き地で会った今、不思議と、さきのような感覚を抱いた。
 親近感…とでも言えるだろうか。

 …もしかしたら、この男子なら、ゆうのことを覚えているのではないか?
 そんな脈絡もないことを思いついた自分の愚かさに、泣きたくなった。

「同じクラスの折原だ」

 折原…浩平。
 ふいに、記憶の中に埋もれていた名前が、浮かび上がった)



 …――それは、もうひとつの永遠の、はじまり。



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