栞 「お邪魔しまーす」

お馴染みの私服姿で、栞が入ってきた。
そのストールは、栞の姉である香里からもらったって言ってたっけ。

祐一 「おう、遠慮せずにあがれあがれ」

…ちなみに、俺は居候だ。

栞が手に持っている紙袋を目にとめて、俺は大げさに溜め息をついた。

祐一 「なんだ、また、たい焼きか」
栞 「はい。今日は秋子さんにも食べてもらおうと思って、いっぱい買ってきちゃいました」

悪びれずに、栞は答える。
確かに、その紙袋の膨らみは結構なものだ。

こんなにたい焼き好きだったっけ…?と思うほど、栞は最近ご執心だ。
…ひとりで食う分には、別段俺は文句は言わないけど、それに付き合わされるので辟易してしまう。

というよりも、自分はあまり食べないくせに、俺にばかり食べさせようとするのだ。
こないだ食わされた、蜂蜜とアンコを練乳で練り混んだ激甘たい焼きなんか、あまりに甘すぎて気分が悪くなった。

せっかく元気になったんだから、栞の好きなようにさせてやろう…。
…そう思って、食うのに付き合ってやってるけど、俺は栞に甘過ぎるだろうか。

祐一 「秋子さんな、さっき、出掛けたんだ」
栞 「…え?」

祐一 「夕方まで、帰って来ないらしいぞ」
栞 「…そ、そうですか…」

栞が、ちょっと困ったような表情で視線を落とした。

…ふたりっきり。
それを互いに意識してか、なんだか空気がぎこちなくなる。

祐一 「…と、とりあえず、上がれよ。俺の部屋、行こうぜ」
栞 「は、はい…」

おずおず…といった感じで、栞が靴を脱いで玄関に上がった。

付き合い初めて、1年近く経とうっていうのに。
さらに、一度、肉体的にも結ばれているのに。

…俺たちは付き合い始めたばかりの幼いカップルのように、緊張していた。

部屋に入りかけた栞の足が、ピタリと止まる。

祐一 「……? どうした…?」

栞の視線を追うと…俺のベッドを見つめていた。

栞 「……」
祐一 「……」

栞は、俺が考えていることを感じ取っているのだろうか。
今日の俺が、やる気まんまんだってことを…。

だって、仕方ないじゃないか!

栞と、もう何ヶ月エッチなことをしていないのだろう。
さらに、なにやかやと理由をつけて、栞はソレを拒もうとする。

俺ももう、いい加減に限界だった。

先日、病院での定期検診も終え、異常ないと言っていた。
見た目も、健康そうだ。

…生理も、先週に終わってるはずだし(ちなみに、先週はそれを理由に断られた)。

きょ、今日こそは…。

栞 「…い、1階のリビングで、たい焼き、食べませんかっ?」

俺の気を逸らすように、栞は慌てて笑顔を作ってそんなことを言ってきた。

祐一 「…別にここでもいいじゃないか」
栞 「だ、だだ、だってほら、お茶とか、飲みたいじゃないですかっ」
祐一 「下でいれて、持ってくりゃいいだろ?」

栞 「えっと、えーと…。そう、テレビを見ましょう!」
祐一 「テレビ〜?」

栞 「そうです、テレビですっ」
栞 「テレビを見ながら、ふたりで仲良く、たい焼きを食べませんか?」
栞 「きっと楽しいですー」

祐一 「久しぶりに恋人の家へ遊びに来て、テレビを見たがるのかお前は…」

栞 「あ、う…そうっ、見たいテレビがあるんですよっ」
祐一 「ほほう、なんてテレビ番組だ?」

栞 「えーと、2時から始まる、2チャンネルの…」
祐一 「チャンネルじゃなくて、番組の名前を言ってみろ。楽しみにしてたんだろー?」

栞 「あ、ううう…ええっと」

栞 「…はぁ…」
栞 「祐一さんは、意地悪です」

祐一 「おまえもな」

ちょっと強引かな…と思いつつも、栞の手を引いて部屋の中に入る。

栞 「…あっ!!」
祐一 「な、なんだっ?」

栞 「祐一さん、大変ですっ」
祐一 「なんだよ、いったい?」

栞 「うちのガスの元栓、締め忘れたかもっ」

ビシっ。

栞 「あイタっ」

栞のおでこに軽くチョップ。

祐一 「じゃあなにか、家まで帰って確かめに行くのかっ?」
栞 「あ、い、いえ…。うちに電話をすれば、お母さんがいると思うし…」

祐一 「そのつぎはなんだ? 部屋の窓を閉め忘れたとか、アイロンがどうのとか言うんじゃないだろうな」
栞 「あ、それ、いいですね」

とか笑顔でぬかす栞に、また、やんわりとチョップ。

祐一 「…なあ、栞…そんなに焦らすなよ…」
栞 「ゆ、祐一さん…」

俺は熱っぽい視線を送りつつ、栞に迫る。

そして、軽く口づけをする。
触れ合うような、キス。

…ちなみに、エッチは一度しか経験がないものの、キスはもう何度もしていた。
キスだけは、栞は応じてくれる。

祐一 「栞…」

栞は、背を反らして逃げようとするものの、背後には部屋の壁。
逃げ切れず、俺のキスを受け止める。

栞をその気にさせようと、丹念に、ねぶるように舌を絡める。
…キスの経験だけは、いっちょまえかもしれない。

互いに、舌を絡める。
戯れるように舐め合い、吸い、唾液を交換する。

…甘い。
栞のヤツ、なにか甘い物食べて、この家に来たんだな…って、そんなことを思う。

…ふう…。

長いキスの後、互いに見つめ合いながら、吐息を漏らす。

栞への想いで、身を焦がすように内圧が高まる。
身が裂けてしまいそうなほど、強くて切ない情動。

あふれ出るようなこの想いを、栞にぶつけたかった。
…一度、栞を抱いたことがあるから、その想いはなおさらに強烈だ。

祐一 「栞、いいだろ…?」

栞 「…えっと…ええっと…」

キスはあんなに熱心に応じてくれたのに、いざそう呼びかけると、逃げるように視線を泳がせる。

…またか?
また、駄目なのか…?

栞の拒絶に、胃の辺りがズシンと重くなった。

祐一 「明日検査があるから駄目…とか」
祐一 「今日は体調悪いから駄目…とか」
祐一 「あげく、急用を思い出したから駄目…とか」

祐一 「退院してから、もう何ヶ月経ったと思ってるんだよっ…!?」

いままで我慢してきたけど、もう限界だった。
抑えようとするものの、声を荒げてしまう。

栞のことは好きだ。
本当に愛している。

…けど、こう何度も何度も…それこそ、何十回も拒絶され続ければ、怒りたくもなる。
というか、いままでよく我慢できたものだって、自分を誉めてやりたいくらいだ。

祐一 「…今日は、どうして駄目、なんだ?」

栞 「えっと…えっと…」
栞 「…うー、その…生理…」

…それは、先週断った理由だろうが。

祐一 「お前の生理は、月に何回もあるのかーーっっ!!」

栞 「あ、あはは…」
祐一 「笑ってごまかすなーっ!」

栞 「わ…、わっ…、きゃーっ!」

栞の腰に両手を回し、ベッドに持っていこうと引っ張る。

栞 「…や、やだ…」
栞 「…嫌…や、止めてっ…」

栞 「嫌ですっ! 本当に止めてっ! 祐一さんっ…!!」



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