その手を取れば、全てが変わるとわかっていた。

 男性にしては端正すぎる、ほっそりとした手。
 窓から差し込んできた夕日に彩られたその手を見つめる内に、逼迫した日々の中で色を失っていた私の世界に鮮やかな色が浸透していった。
 それはまるで目が覚めるような勢いで、私の意識を覚醒させていく。

 厳島家からの嫌がらせも。
 明日さえ見えない生活も。
 生きていく理由さえ見失い掛けている、今の自分も。

 私を取り巻く環境全てが、その手を取ることで良い方向へと変わっていくに違いなかった。
 運命の分かれ道という言葉が脳裏をよぎるが、正解がこれほど明らかな選択は無いだろう。

 その手を取れば、全てが変わるとわかっていた。

 ……それでも。
 それでも私は、その手を拒絶した。









この作品はキャラメルBOXの『処女はお姉さまに恋してる』の二次創作小説です。
ネットでは『おとボク』『おボクさま』などの愛称で知られ、一部で熱狂的な支持を得ているものの、基本的にはマイナーな作品。

伝統的なお嬢さま学校に、美少女と見紛うほどの少年が正体を隠し、女装して通うというコメディータッチな物語。
ソフト百合的な空気が爽やかに流れる学院。
そこに編入してきた主人公の瑞穂(男)を中心に、ほんわか風味で描かれる学園物語。


……今作『その手を取れば』は、この『おとボク』の物語の四年後。
登場人物たちが社会人となっているお話です。

ヒロインのひとり・厳島貴子の一人称で描かれていて、彼女と、そして別のヒロイン・十条紫苑の物語のネタバレが前提として書かれています。
さらに言うなら、その貴子と紫苑とも、主人公(瑞穂)が結ばれていないことを前提として描かれています。

本編のいずれか、正式なルートを意識して書いてはいませんが、瑞穂が誰とも結ばれずに秘密を隠したまま学校を去った後の話……と書くと、想像しやすいかもしれません。

敢えて本編ルートで当てはめようとするなら、御門まりや、上岡由佳里、高島一子のルートであり得るかも知れませんが、今作ではその話には一切触れられていません。


繰り返しますが、本編『おとボク』の激しいネタバレはもちろん、本編未クリアの方には非常に理解しにくい内容となっていますことをご理解お願いします。


※この二次創作小説は、『おとボク』本編を参考に描かれています
 『やるきばこ2』におけるショートシナリオも参考にしていますが、年月の経過や立場の違いのため、状況や呼称などを意図的に変えているものがあります

 前作の『ラストカーニバル』と前々作の『七月の間奏曲』では学校名を「恵泉」としていましたが、公式での変更にともない、今作では「聖應」と記しています




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