track 17……凍土高原



 今日、何度目かの、ものみの丘。

 ここにまことが来るはずだ。
 そう思って、定期的にここへ来ていたけれど、いまだに見つけることができない。

 まこと、どこにいるんだ。
 …まさかこのまま、消えてしまうんじゃ。

「まことーっ、まことぉーっ!!」
 焦りに急き立てられ、俺は大声であいつの名を呼び続けた。

 …何度目だっただろうか。
 声がかれかける頃、俺の呼びかけに応えるように、なにかが聞こえたような気がした。

「まこと、いるのかっ!?」
 そう問いかけた後、呼吸さえ止めて、耳を澄ます。

 …うにゃー…。

 ……。

「…ネコ?」
 猫の鳴き声だとしても、別段おかしくない。

 この山に、飼いきれなくなったペットを捨てる人間が後を絶たない。
 捨て猫がこの丘をさまよっていても、おかしくはないはずだ。

 けれど、妙に気になった。
 1年近く家で飼っていた、あのぴろの姿が脳裏をよぎる。

「まことーっ!? ぴろーっ!?」

 …どこだ。
 どこから聞こえてきた。

 勘を頼りに、聞こえてきたと思える方向に踏み入っていく。

 …ちりーん――。

 鈴の…音色。

 背筋が粟立った。

「ま…真琴っ!?」
 音が聞こえた方向に、全力で走っていく。

 雪は降り続け、月は雲に覆われ、あたりは闇ばかり。
 勘で踏み入っていったが、木の枝やヤブにぶつかり、そのたびに痛みが刻まれていく。

 木々の中をぶつかりながら走っていった俺は。
 やがて、大きな木の根本にもたれて寝る、ひとりの少女を見つけだした。

「まこと…」

 不安に胸が騒ぐ。
 まことに歩み寄り、様子をうかがう。

 …眠っていた。
 静かに寝息を立てている。

「ばか。こんな寒いところで寝てたら、死んじまうぞ」
 俺は、着ていたコートを脱ぎ、寝入るまことにかけてやろうとする。

 そこで、思い出す。
 猫の鳴き声と鈴の音色を。

 辺りを見回すが、猫の姿はない。

 鈴は…あった。
 まことが、なにか布らしきものを握っていて、それに小さな鈴が付いていた。

 暗くてよく見えない。

 よく見ようと、まことの手から取ってみようとしたけれど、ギュッと力強く握っていて、手放そうとしなかった。

 その拍子に、鈴がチリリとなった。
 …さっき聞こえてきた鈴の音色とは違って、錆び付いたような音色だった。

 脱いだコートを上に掛けてやり、寝たままのまことを、そっと両手で抱えあげた。

「前にも、こんなことがあったっけな」
 寝入るまことを抱えて、丘から降りていった。



 森から出て、並木道を歩いている中、まことが目を覚ました。

「…あ…れ、祐一…?」
「おう、祐一さんだぞ」

 まことは寝ぼけ眼で、俺のことを見つめてくる。
 俺が抱きかかえている状態なので、顔の距離が近く、少し気恥ずかしかった。

「…って、わぁーっ!」
 自分がどんな状態なのか認識して、まことが俺の腕のうえでジタバタ手足を泳がせる。

「ばか、暴れるなっ。いま降ろしてやるから」
 言葉通り、足のほうからそっと降ろしてやる。

 まことはまだ眠いのか、立ち上がってもちょっとふらふらしていた。
 かけてやっていた俺のコートが、ずるりと地面に滑り落ちた。

「あーあ」
 俺はコートを拾いあげ、ついた雪を払う。

「あぅ…」
 まことは状況を把握しきれない様子で、居心地悪そうに自分の服を引っ張っていた。

「まこと、寒くないか?」
「ん、ちょっと寒いかも…」
「じゃ、ほらよ」
 雪を払ったコートを、あらためてまことの肩にかけてやる。

「祐一はいいの? 寒くない?」
「なんとかは風邪ひかないって言うしな」
「あはは」

 まことは、少し声を立てて笑った後、ふいに押し黙る。

「……」
「……」

「…どうして?」
 やがて、上目遣いに俺を見て、呟いた。

「ずっと探してたんだぞ」
「……」
「佐祐理さんも心配してる」

 佐祐理さんの名前を出すと、途端に、まことが拗ねた顔をする。
 俺は、思わず溜め息をもらしてしまった。

「…腹、減ってないか?」
「え? あ…うん、おなかすいてるかも」
「よし。それじゃ、コンビニで肉まんでも買って食うか」
「…うんっ」

 肉まんという言葉に、まことがパッと笑顔をのぞかせた。



 さっきのコンビニに戻った。
 まことに財布を渡して、肉まんと暖かい飲み物を買ってこさせる。

 俺は、その間に公衆電話を使った。
 秋子さんに、天野へ「見つかった」と伝言を頼む。

 つぎに佐祐理さんの部屋に電話をかけたけれど、こちらは留守電だった。
 簡単な伝言を入れ、電話を切る。

 きっと、佐祐理さんと舞も、まことを探しているのだろう。

「祐一〜、買ってきたよっ」
「おう…って、お前、そんなに買ってきたのか!」

 見れば、大きなコンビニ袋を抱え持ってきた。

「えへへ」
「えへへ…じゃないっ」
「なによぅ、ケチくさいんだから」
「しかもこれ、全部肉まんじゃないか。あんまんやピザまんとかも売ってるだろうが」
「肉まんがいちばんなのっ」

 まことは待ちきれないのか、すかさず袋から肉まんを取り出し、かぶりつく。

「んぐんぐ。おいしいね」
 本当に嬉しそうに食べているので、俺は怒るのがあほらしくなって止めた。

「ったく。ほら、俺にも寄こせ」

 コンビニの駐車場にある車止めの段にふたりして座って、寒空の下、肉まんを食べる。

 がっついて喉を詰まらせたのか、まことがゴホゴホ咳き込みながら胸を叩いた。
 俺は慌てて、缶の紅茶を開けて手渡してやる。

「あう、にがぁ〜っ」
 まことは心底苦そうな顔をして、情けない目で紅茶を睨みつける。

「苦いか?」
 俺は、もう1本あった紅茶を開けて、一口飲む。
 泣きそうな声をあげるほど、苦いとは思えなかった。

「お店の紅茶って、こんなに苦いんだ…」
 まことは不思議そうな顔をして、紅茶の缶をコンクリの上に置いた。

 …そうか。
 味覚が、人のソレではなくなってきたのかもしれない。

 真琴が、最初の頃は平気だった歯磨きを、やがてひどく嫌ったことを思い出した。

「…そいやお前、なんか変な物握ってたろ」
「変な物とはなによぅ」

 ぷ〜っと頬をふくらませる。
 機嫌を損ねてしまったようだ。

 しかもその拗ねた顔も、まことが新しい肉まんにかぶりついた瞬間、笑顔に変わる。

 …まったく、子供なんだからな。

「あのね、山で見つけたの」

 まことは大切そうな様子で、その布きれを取り出した。

 色あせた青色の、毛糸のかたまりだった。

 それが、ふたつ。

 ずいぶんと古いのか、原型を止めていないらしい。
 そして、それにひとつずつ、錆びた小さな鈴がついていた。

「なんだ、これ」
 …汚いな。
 と思ったけれど、口に出すのははばかられた。

「すごく懐かしくて、とっても大切な宝物…そんな気がするんだぁ」
 まことは、ほんとうに大切そうに、その毛糸の集まりに笑顔を向ける。

 鈴を鳴らそうとして、それを揺らす。
 けれど、その小さな鈴は錆びついていて、あまり綺麗な音色を出すことはなかった。

 …あいつも、鈴の音が好きだったな。
 そう思って、切なくなった。

「まことの記憶の、手がかりかもしれない」
「ああ、そうだといいな…」



 腹もふくれ、落ち着いた頃を見計らって、切り出す。

「…まことは、佐祐理さんが嫌いか?」
「だいっきらいっ!」

 穏やかな顔つきだったのに、また頬をふくらませてしまった。
 その案の定な反応に、ためいきが出る。

 でも、俺にはわかっていた。
 まことは、佐祐理さんの部屋を出て、ひとりで歩き回っている間に、いろいろ考えたはずだ。

 一弥という名の少年が亡くなっていて、もう会えないという衝撃。
 さらに、姉である佐祐理さんが、それを自分のせいだと告げた。

 だから、まことは佐祐理さんを憎み、発作的にあんなことをしたんだ。
 でも、あの優しい佐祐理さんをまことも知っているから、戸惑いもあるはずだ。

 だったら、俺が誤解をといてやろう。
 まことの抱いた戸惑いから、和解へと導いてやろう。

 佐祐理さんとまこと。
 ふたりの幸せのために、いまの俺ができる最大限の手助けだった。

「…どうして、佐祐理さんが嫌いなんだ?」
「佐祐理が、あの子を…一弥を死なせたんでしょう?」
「一弥、か。まことは、一弥の友だちだったのかもしれないな」
「うん、そうかも。あの写真を見たとき、とっても嬉しかった。
それで、会わなきゃいけないって。そう思ったの」

 まことは顔をうつむけ、睨みつけるように地面を見つめる。

「…佐祐理をはじめて見たとき、憎いって思った。怖いとも思った。
あのときの印象が正しかったんだ。
まことは、あの一弥って子と友だちで。それで、あの子を殺した佐祐理が憎いって覚えてたんじゃあ…」
「待てよ」

 また、暗いよどみの中に沈んでいこうとするまことを、慌てて引き上げる。

「まこと、お前ほんとうに、あの優しい佐祐理さんが、自分の弟を殺したと思ってるのか?」
「だって、佐祐理が自分で言ったじゃない」
「違うって! 佐祐理さんは、弟に姉らしいことができなかったって、それを後悔しているんだよ。
弟のためになにもできなくて、救えなかった。弟が亡くなったのを自分のせいだと思い込んで、後悔して。
そうして、自分を責めているんだよ」
「……」

「知っているか? 佐祐理さんは、一弥を失って、自分の手首を切ったんだ。
自殺しようとまで思い詰めてしまったんだよ」
「…あ」

 まことの顔が、急にかげる。

 なにか、思い当たることがあったようだ。
 佐祐理さんの左手首にある傷跡を見たことがあるのかもしれない。

「苦しんだんだよ。いまも苦しんでいるんだ。
まことが、一弥と会えないのを悲しんでいるのと同じくらいに。
…いや、自分のせいで死なせたと思っているから、きっとそれ以上に強く」

「…で、でも、だって…。まこと、佐祐理を見たとき憎いって思って…」
「それはきっと、友だちの一弥を、姉の佐祐理さんに取られたと思っていて、嫉妬してたんじゃないのかな」

 いままで聞いた話を思い出し、それから推測し、言ってみる

「そう、かなぁ〜…」
「それに、佐祐理さんを見たとき、興味を覚えたんだろう? 一緒に遊んでみたいって」
 天野が、確かそう言っていた。
「憎しみとか恐れとかだけじゃなくて、その惹かれた感情も、忘れちゃいけない」
「う、ん…」

 まことは、見てわかるほど困惑していた。
 まことなりに、一生懸命になって考えているのだろう。

「佐祐理さんと会って、何日か遊んでもらって。一緒にいて、楽しかっただろう?
佐祐理さんの優しさとか暖かさ、まことも感じただろう?
…そんな佐祐理さんが、自分の弟を殺しただなんて信じられるか?」

「……」

 まだ戸惑いは残っているようだけれど、ただがむしゃらに憎んでいたときと違って、落ち着きがうかがえた。

「なあ、まこと。今度ゆっくり、佐祐理さんと話してみろよ? きっと、わかるはずだぞ」
「…うん」

 まことは、神妙な面もちでコクリとうなずく。

 そうして、しばらく休めていた手を袋に入れ、肉まんを取り出した。
 俺も、それを見てもう1個食べようと袋に手を入れるが…空っぽだった。

「げ、あんなにあったのに、もう全部なくなってる!」

「あはは、おいしかったよ」
「…こんの食いしん坊め。そんなに食べまくって、太っちまうぞ」
「なによぅ、レディに対して、そんなこと言うなんてぇ」
「誰がレディだ、どこにレディがいる? だいたいお前は…って、なんだ?」

 まことが、最後の肉まんをふたつに割って、その片方を俺に差し出してきた。

「食べたいんでしょう? 半分で我慢してよね」
「あ、ああ。サンキュ」

 まことから肉まん半分を受け取り、かぶりつく。

「もう冷めちゃった。でもおいしいね」
「ああ、そうだな…」

 先の真琴が、俺のことを最初憎んで、素直になれなくて。
 そうして、天の邪鬼な行動を取っていたときと違って。

 いまのまことは、俺に特別な感情を抱いていないから、ときたま、こうやって素直な行動をとってくる。
 それでも少しひねくれたところがあるものの、素直に好意的な態度を見せられ、それを可愛いと思う同時に、寂しくもなった。

「…俺の住んでる家な。叔母さんの家なんだけど」
「うん?」
「その叔母さん、秋子さんっていうんだけど。秋子さん、すんごい料理上手でさ。
ほら、前、うちで肉まん食べただろ? あれな、秋子さんの手作りなんだぞ」
「ええーーっ! 肉まんって、家でも作れるのぉっ!?」

 真琴がいつ戻ってきても食べさせてあげられるようにと。
 秋子さんは、肉まんを作れるように練習してくれていた。

「今度…」

 俺は、隣に座るまことの頭を、優しく撫でてやる。
 子供扱いされるのが嫌いなまことだったけれど、肉まんが作れるということに驚いていてか、突っぱねるのを忘れているようだった。

「…今度、佐祐理さんと舞と、天野と一緒にさ。みんなで、肉まんの作り方、教わろうぜ。
きっとうまいぞ、自分で作った肉まんはさ」
「うんっ」



 水瀬家へと向かう道すがら、まことが転んだ。

「あう〜っ」
 痛かったのか、涙目になっている。

「ほら、雪払えって」
「うん…」

 服についた雪を払うのを、手伝ってやる。

「なんにもないところで転ぶだなんて…」
 まことは、おかしいなあ…といった口調で、首をひねった。

「…つかれているだけだろ」
 俺は、胸のざわつきをそう言ってごかます。

「ん、そうだね」
「なんなら、手でも繋いでやろうか?」
「んなっ…。子供扱いしないでよねっ」

 案の定な反応。
 でもそれが、いまの俺にはとても嬉しかった。

「手が嫌なら、俺の服の裾でもつかんでろよ。もう夜遅いんだから、転んでもしょうがないぞ」

 俺の言葉に、まことはしぶしぶ、俺の服をつかんできた。

 しばらくして、坂にさしかかる。
 これをのぼれば、もうすぐ、家に着く。

 坂をあがる途中…。

「あぅっ…」
 まことが足を後ろに滑らせてしまい、びたーんっ…とうつぶせに転んでしまった。

 それは見事な転びっぷりで、俺にすがりつく暇もないくらいだった。
 倒れかける寸前に俺の服を引っ張ってきたけれど、勢いのついたまことを支えきれなかった。

 それどころか、持ちこたえられずにバランスを崩して、俺も尻から倒れてしまった。

「……」
「……」

 まことは、雪の積もった坂にうつぶせのまま。
 俺は、尻もちをついたまま、雪の降る空を見上げて。

 お互い、しばらく無言だった。

「…威勢のいいこと言っといて、結局また、転んじゃったじゃないっ!」
 まことが顔をあげて、ギャースと形容したくなるような勢いで吠え立ててきた。

「うはははははははは」
「笑いごとじゃないーっ!」

 なんだか、無性に楽しかった。

 いまというときが、ずっと続けばいいのに。
 友だち、あるいは気の置けない兄妹みたいに。
 こんな風に騒ぐことができるのが、とても楽しかった。

 その後にある別れを忘れようと、いまの楽しさにすがりつく。

 …俺は立ち上がって、まことに手を差しのべた。

「ほら。手をつないで横に並んで歩けば、大丈夫だ」
「う〜ん…」

 まことは、おずおずといった感じで、俺の手を握り返してきた。

 もう、日付も変わろうとする頃。
 俺とまことは、手を繋いで横に並び、雪の積もった道をゆっくりと歩いていった。

 何回かまことが転びかけたけれど、今度は支えきれた。



 ようやく辿り着いた家の前に、人の姿があった。
 天野と、舞と、そして佐祐理さんだ。

 この寒空の下、こんな夜遅くまで、まことを探し歩いていたのだろう。

 佐祐理さんの姿を見つけ、まことは慌てた様子で、俺の背後に隠れてしまった。

 それを知って、佐祐理さんが悲しそうに顔をうつむける。
 家の灯りが、佐祐理さんのこめかみに貼られたバンソウコウを白く浮き上がらせていた。

 まことも、佐祐理さんも、互いになにを言っていいのかわからないのか、しばらく黙り込んでいた。

「…まこと」
 佐祐理さんが顔をあげて、まことに呼びかける。

 しかし、その呼びかけにまことがビクリと反応して、ますます俺の後ろに隠れてしまう。
 そんな様子に佐祐理さんは躊躇するが、それでも意を決したのか、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎはじめた。

「まこと、ごめんなさい…。それと、ほんとうにありがとう」
 佐祐理さんは、泣きそうな顔で言う。

 そんな佐祐理さんの言葉に、俺の背後にいるまことが、全身を耳にして聞こうとしている気配が感じられた。

「まことは、一弥の友だちだったんだね?
一弥のために、本気で怒ってくれるような友だちがいてくれたんだって知って。
…とっても嬉しかったよ」

 佐祐理さんは、儚い印象を感じさせる微笑みを浮かべていた。
 そのまま消え入ってしまいそうな、寂しげな姿。

「…だから、ありがとう。そして、ごめんなさい…」
 佐祐理さんはそう言って、深々と頭をさげた。

 俺は、背中に張りついているまことをひっぺがす。

「ほら、まこと。佐祐理さんと話し合うんじゃなかったのか?」
 まことの肩を軽く叩いて、そっと佐祐理さんのほうに押しやった。

 まことは、佐祐理さんの前まで来たものの。
 ずっと頭を下げ続けている佐祐理さんを前にして、立ち尽くしてしまった。

「佐祐理…あの…」
 やっとまことが口を開いた。

 それを知って、佐祐理さんは静かに面をあげる。

「あぅ…」
 佐祐理さんの瞳と出会い、まことは慌てて顔を背けてしまった。

 そのまま、指をもじもじ遊ばせているだけで、黙り込んでしまう。

「…ったく、しょうがねーな…」
 俺は小さく溜め息をついて、自分の頭をかいた。

「そうだ、まこと。山で見つけた、あの変な布。みんなに見せてみろよ」
「変なものって言わないでよぅっ」

 俺の言葉に、まことが元気に突っかかってきた。

 まことは、鈴のついた毛糸のかたまりを、ポケットから大事そうに取り出し、みんなに見せる。

「…これ、さっき見つけたの。まことの宝物だった気がするんだ。
とっても大切な、宝物。まことが記憶を取り戻す、手がかりかもしんないの」

 天野と舞、そして佐祐理さんが、まことの取り出したふたつの毛糸を眺める。

 …佐祐理さんが、それに見覚えがないだろうか。

 あるいはそれが、いったい元はなんだったのか。
 それだけでもわかればいいと、みんなに見せるように言ったのだ。

 みんながどんな反応を示すか、俺は後ろから見ていて。
 だから最初に、佐祐理さんの異常に気づくことができた。

 天野と舞が首を傾げているのと違って、佐祐理さんひとり、目を見開いて驚いていた。

「佐祐理さん?」
 俺の問いかけに、他のみんなも佐祐理さんに注意を向ける。

 そんな中、佐祐理さんは呼吸さえ忘れたかのように、硬直していた。


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