4:



『楔』
 俺がこの世界に来るきっかけになったもの。
 少女との約束だ。
 ずっといっしょに居てくれると言ったあの約束。
 でも、俺にその約束が断ち切れるのか?

 彼女は俺が泣いてた時手をさしのべてくれた。
 彼女はいつでも側に居てくれた。
 約束通り。
 彼女はいつでも優しかった。
 でも、
 俺は選ばなくちゃいけない。
 この「えいえんのせかい」で彼女との約束通りいつまでも居るか、あいつとの約束通り元の世界に戻るか。
 どちらかを。

 目の前に少女が立っていた。
(どうするの?)
 前置きもなくいきなり尋ねてきた。
 俺の答えも決まっていた。
 ……元の場所に戻るよ。
(うん)
 少女はにっこりと笑った。
(それじゃ戻るといいよ)
 すっと彼女は俺に近づき、俺の額に口づけていった。
 そのまま俺の身体に重なってきた。
(もうだいじょうぶだよね)
 重なった時に少女の声が聞こえた。
(ちゃんとあの子も連れてかえってあげてね)
 通り過ぎてゆく

 俺は振り向かなかった。
 もう二度と彼女に逢うことはないと思った。

 彼女が立っていたその場所に、今は小さな子供が立っていた。
 その子を見たとき俺は理解した。

 これがあの時、俺がこの世界に投げ込んだ楔。
 俺をこの世界に呼び寄せたもの。
 俺だ。
 幼い頃の俺だ。
 俺はあの時すでにこの世界に旅立っていたのだ。

 俺は昔の自分と向き合った。
 幼い俺は、真っ赤な目をしていた。
 あの頃泣き続け泣き続け、それでもまだ悲しくて泣き続けたあの目だった。
 俺は覚えている。
 あの時の悲しさを。
 でも、もう大丈夫だ。

 俺は手をさしのべた。
「帰るぞ」
 幼い俺は身体をすくませた。
(いやだ。ボクはもう悲しいことはイヤダ)
 目から涙が落ちる。あれだけ泣いてもまだ涙は枯れることはなかったんだ。
(戻ればまたおんなじ悲しさをあじわうんだ。ボクはそんなのイヤなんだ)
 ボロボロと泣きながら、俺を見据えて叫ぶ。
 俺は、もう一度言った。
「大丈夫だ。もう俺は大丈夫だ」
 自分に、自分自身に言い聞かせるように続ける。
「俺はもう乗り越えられる。どんな事があっても」

 幼い俺の手をつかみ力強く言う。
「帰るぞ」

 その瞬間。
 世界は白く染まった。
 つかんだはずの手は消えていた。
 だが判った。
 今俺は元の存在に戻った。
 いや、まだだ。
 元の世界に残してきたあの想い。
 あれが俺を元の世界に戻す。
 そして俺は元の存在に戻る。
 もう二度と『ここ』に来ることはないだろう。

 白い世界が縮んでいくのが判った。
 果てが迫ってくる。
 世界が消えていく

 大丈夫だ。
 俺は消えない
 いや消えないんだ
 俺だけは絶対に死なない
 なぜならば
 俺は
 俺自身だから。

 目の前に白が迫ってくる。
 今まで見えていたモノが消えていき……
 身体の感覚が薄れていき……
 なにもかもが無くなって……

 ……そして



                              ||了||



後書き