2:



 世界は暗闇だった。
 光は空の真ん中の月だけだった。
 俺は海に浮かんでいた。
 暗い海にポツンと浮かんでいた。
 心細さは無かった。
 約束通り彼女はいつも側に居てくれた。
 姿は見えなくても側に存在を感じた。
 だから少しも心細くなかった。

 彼女は世界の感じ方を教えてくれた。
 俺は海を感じてみた。
 意識が広がる。
 海が俺になる。俺が海になる。
 波打つ海面を感じる。
 筒のような潮の流れを感じる。
 海の底の感触が判る。
 海の上の空気の流れが判る。

 意識を戻す。
 意識を広げる。
 幾度と無く繰り返し、この感覚を楽しんだ。
 楽しかった。
 夢中になっていた。

 そのことに気づかなければ俺はいつまでもそうしていたかもしれない。

 違和感を感じた。
 ちょっとした違和感だった。
 でも、気づいてしまった。

 俺が向こうが居た頃。
 俺が度々感じていたこの世界は、
 止まった世界だった。
 幼いとき俺はいつまでも止まった世界を望んだ。
 別れの悲しみを二度と味わないですむ世界。
 そのままでいれる世界。
「えいえん」に。

 だけど、『ここ』はこの世界は……
 動いていた。
 ゆっくりと。
 何故だ?
 俺は別な所へ迷い込んでしまったのか?

(ちがうよ)
 耳元で声がした。
(ここだよ)
 ……でもここは世界が流れている。
 少女が俺の横に現れた。
 ……ここは動いているじゃないか。
(それはここじゃないよ)
 ……ここじゃない?
(もとのせかいとまだつながっているんだよ)
 ……元の世界?
 少女の口調が変わってるように思えた。
(まだもどれるよ)
 何か悲しげだった。

 海鳴りが聞こえた。
 あまりの大きさに耳を押さえた。
 水平線を光が走った。
 あまりの眩しさに目をつむった。

 少女の声が頭に響いた。
(いまだったらまだもどれるんだよ)

 再び目を開いたとき、
 世界の様相はまた変わっていた。



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