♪ Page1 野ネズミの踊り




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「……ない」
 クローゼットとその引き出しの中をかき分け、目的の物を探す。
「ないぞ……」
 幼なじみのまりやが買い集めてきた女物の衣類や下着などをクローゼットから放り投げていく。やがてクローゼットは空になったものの、目的の物は見つからない。
「そ、そんな莫迦な……」
 ついには引き出しさえも取り外して底を見たものの、やはり無い。
「なくなってるっ……!!」
 あ〜〜っ、と悲鳴をあげつつ頭を抱え込み、衣類や下着を敷き詰められたカーペットの上をのたうち回った。



 ドタドタと、全力で寮の階段を駆け降りる。
 普段はいくら寮内といっても、もう少しお上品に階段を降りるものだけれど、いまはもうそんな余裕などなかった。
「まりやっ」
 食堂でのんびりとテレビを見ているまりやの姿を見つけた。ついさっきまで僕と同じように私服だったはずなのに、すでにもう恵泉女学院の見慣れた制服姿になっていた。
 そのまりやは、食堂に入ってきた僕の顔を見てなにやら渋い表情をして見せる。
「ちょうどよかった。ねえ瑞穂ちゃん、いまちょっとテレビでやってるんだけど……」
「テレビどころじゃないよっ。た、大変なんだよ、まりやっ!」
 握り拳をふるふる震わせて大変さをアピールしたものの、まりやは一向に動じない。
「あのねえ、瑞穂ちゃん。世の中には、あわてたり叫んだりするにたるようなものは、そうそうないものよ」
 まりやはもったいぶった仕草で、どこかで聞いたような言葉を哲学者然として云い切った。その台詞の延長なのだろう、これもやはり余裕ぶった仕草で、カップを口に運んだ。
「ないんだ……」
 僕の言葉に、体勢はそのままに視線だけを送ってくるまりや。
「……オッパイがないんだっ……!!」
 ぶはっ……!
 まりやは口に含んでいたコーヒーを盛大にまき散らした。
 がは、げほ、としばらくむせていたまりやは、それを吹き飛ばそうとするかのような勢いでテーブルに拳を叩きつけた。
「あんた元々ないでしょうがっ、男なんだからっ!」
「そうじゃなくってっ」
「それともなに、あたしのこと云ってんの? もしかして喧嘩売ってる?」
「違うよっ。まりやは、そのぉ……男の僕から見て、適乳だと思う……」
「そ、それは、どうも……。けど適乳って、なんだか微妙な表現ね……」
 自分の口にした言葉で顔を熱くする僕と、頬を赤く染めながら胸を隠そうと腕組みをするまりやと……。食堂でふたり、なにやらおかしな雰囲気に身を浸す。
「……って、そういう話じゃぁなくって!」
 あわてて、僕は場の空気を振り払う。
「なくなってるんだっ」
「だからなにが?」
「まりやから貰った、胸パッドがなくなっているんだよっ!」
「ぬぁーんですってぇーーっ!!」



 僕の名前は、鏑木瑞穂(かぶらぎ・みずほ)。
 いまは正体を隠すために母の旧姓、宮小路(みやのこうじ)を名乗っている。
 ……亡き祖父の遺言で、僕は男でありながら恵泉女学院という名の『お嬢さま学校』に通っている。
 あり得ない、正気の沙汰ではない、と何度も抵抗したものの、偉大であった祖父の最後の言葉に従おうと働きかける人たちのせいで、女装して女子校に通わされるはめになってしまったのだ。こんな無茶が通用するのは、この恵泉女学院を創立したのが鏑木家であり、女学院の院長などの上層部サイドが了承済みだからだ。……それと、僕が生まれ持っての女顔であることと、親戚である御門(みかど)まりやに事あるごとに女装させられて弄ばれ、女装慣れしていたせいかもしれない……。
 僕の父は……祖父にとっての息子は、健在だ。それを置いて、孫であるはずの僕になぜこのような遺言が残されたのか。なぜふつうの格好ではなく、あえて女装して女になりすます必要があったのか。
 いまだに納得できない多くのことを抱えたまま、この恵泉女学院で過ごすようになってすでにひとつきが経過していた……。



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