エピローグ



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   WAVE-あぶらゼミ-小

   背景-青空3



   背景-青空2


…夏の空気が、ゆるやかに引いていく。

うるさいほど響いていたセミの声も、あまり聞こえなくなってきた。

気づけば、秋はもうすぐそこだった。



   背景-青空1

観雪と同年代の子供たちが、ランドセルを背負って駆けていく。

観雪の目は、自然と、その子供たちの姿を追っていく。

…夏休みは、もう終わった。

帰りたいか?と問えば、観雪は必ず否定する。

だから、別の問いを投げかけた。

往人「晴子のこと、心配か?」

観雪「…うん」

観雪は寂しそうな顔をして、コクリと頷いた。

先日、晴子の安否が気に掛かって観雪に電話をさせたのだが、家には誰も居なかったのだ。

心配するな…とは言えなかった。

もとはといえば、俺がそうさせたのだから。

観雪「お父さん」

…気づかぬうちに、バツの悪い表情でも浮かべていたのだろうか。

俺を元気づけるように、観雪が笑いかけてきた。

観雪「ダイジョブだよ、ママとっても強いからっ」

往人「ああ、そうだな…」

これじゃ立場が逆だ。

往人「…うし」

往人「それじゃ日が暮れる前に、今夜の飯代、稼ぐとすっか!」

観雪「うんっ、観雪もがんばるよっ」

最近では、観雪にも一緒に人形芸をさせていた。

相変わらず、観雪の力は暴走ぎみだった。

それでもどうにか、自分の意志を反映させられるぐらいにはなってきた。



   背景-夕焼け空2

…子供連れだというのが馴染みやすいのか、人形芸の観客は以前より多い気がする。

おかげで、なんとか二人分の食事代を稼ぐことが出来ていた。

…観雪が持ってきている貯金通帳にだけは、手を出したくはなかった。

観雪「にはは、今日もお金いっぱいだね」

往人「さて、今夜はなにが食いたい?」

観雪「う〜ん…」

観雪「…納豆ご飯!」

往人「またかよ…」

往人「少しは金に余裕あるんだから、たまには贅沢してもいいんだぞ?」

観雪「ううん、納豆大好きだし」

観雪「…じゃあせっかくだから、今夜は生卵も付けてもらおうかなぁ」

往人「はあ…」

健気な娘だよ、こいつは…。

俺は、胸一杯の愛情とともに、観雪の頭を撫でてやる。

くすぐったそうに微笑む観雪。

往人「それじゃ、人形とか片付けろ。そろそろ出発しよう」

観雪「はぁーい」

観雪は地面に座り込んで、出していた荷物や人形を、鞄の中に詰め込む。

往人「…あ」

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…と。

観雪の後ろのほうから、しっかりとした足取りで近寄ってくる人影を見つけた。

   CD-07-夏影

シャツにジーンズという動きやすい服装に、バックパックを背負った人影。

そして、長かった頭髪は短く切り揃えられていた。

そんな彼女を、西に沈みゆく夕日が赤く染めあげる。

観雪「ん? どうしたの、お父さん…?」

座り込んでいた観雪に、歩み寄ってきた彼女は背後から抱きついた。

観雪「わっ…!?」

…もう離さないと示すかのように、強く固く、観雪を抱きしめていた。

晴子「…見つけたっ」

観雪「ま…」

観雪「ママっ…!」

観雪を抱きしめながら涙ぐんでいる晴子と、ポロポロと大粒の涙を流しはじめた観雪。

観雪「ホントなのっ? ママ、ホントにっ…?」

嗚咽を漏らしながら、観雪は振り返った。

晴子「ああ、ホンマや」

晴子「それに、観雪の前やと嘘つかれへんやろ?」

観雪「ママっ!」

晴子はフラリと立ち上がって、腕を組みながら俺を睨みつけてくる。

晴子「うちもついてくで!」

往人「…本気か?」

晴子「ああ、めちゃくちゃ本気や!」

晴子「うちも髪切ってきたで。それだけ覚悟があるっちゅうことやっ」

晴子「いや、髪だけやないっ! 家は人に預けたし、その他で金目になるもんは全部金に替えてきたっ」

晴子「…長年の愛車も、札束に化けてもうた…」

晴子「だ、ダメっちゅうてもダメやからなっ!」

晴子「ぜったいついてく! ストーカーしたる!」

往人「ずいぶんと思い切ったことを…」

晴子「…大切な愛娘が、目的持って旅してるんや」

晴子「うちひとり、家でのほほんとセンベイ食ってる場合やないやろ」

往人「…センベイ食ってたのか?」

晴子「もののたとえやっ!」

晴子「ああもぅ、あんたの声聞いてたら、またムシャクシャしてきたわっ」

晴子「…あんた、一発殴ってええか?」

観雪「わっ、ダメだよっ!」

往人「勘弁してくれ」

往人「あんたのパンチは痛すぎる…」

晴子「しゃあない、貸しにしといたる」

晴子「…そのかわり、うちも連れてけ」

往人「はぁ〜…むちゃくちゃだな」

晴子「…子離れすんのも、親離れさすのも、どっちもまだ早すぎや」

観雪を背後から腕の中に抱いて、晴子は一点の曇りも感じさせない微笑みを浮かべた。

…他のすべてを捨てて、娘と一緒にいることを求めた晴子。

その顔は、とても晴々としていた。

往人(晴子…とは、言い得た名前だな)

晴子「よしっ、それじゃ観雪、行こかっ!」

観雪「うんっ」

往人「あんたが仕切んなっ」

晴子「これからどこ行くんや?」

往人「…とりあえず、飯だ」

観雪「納豆ご飯食べに行くの」

晴子「かぁ〜、この子は…。旅しとっても、腐った豆なんか食うんか?」

観雪「腐った豆って言わないでよぅ…」

晴子「はいはい。…ほら、甲斐性なし、置いてくで!」

往人「だからあんたが仕切るなって…」

   背景-夕焼け空1



…俺たちの夏は、終わらない。



   背景-夕焼け空1



         Fin



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