「もうすぐ、お姉さまたちも卒業だね……」
 上岡由佳里は、身体の中からわきあがる気怠い気持ちを、言葉に乗せて吐き出した。

 そう口に出したところで気が晴れるわけではないのだけれど、やるせない思いを溜め込むことに由佳里は馴れていなかった。

「とってもとっても、寂しくなるのですよ……」
 横で一緒に歩いていた奏も、沈んだ顔をして寂しげに云った。

 期末試験の最中のこと。
 ふたりして図書室で勉強した帰りに通りかかった三年生の教室は、どこも無人だった。
 夕闇の迫る頃合い。
 無人であるのは一、二年生の教室とて同じことだろうけれど、慕っている上級生たちの教室ががらんとしている様は、ふたりの気持ちをいっそう暗くするのだった。

「まりやお姉さまや瑞穂お姉さまが居ない学校生活なんて、想像できないよ」
「まだ一年も経っていないのに、なんだかずっと一緒に寮生活していたような気がするのですよ〜」

 卒業式まで、あと少し。
 もう少ししたら、ふたりが慕う瑞穂とまりやは恵泉女学院を卒業し、女子寮から巣立っていってしまう。
 多くの想い出を残してくれた高島一子もすでに去り、そのうえ三年生ふたりが居なくなってしまえば、賑やかだった寮生活も終わってしまう。
 来月には新入生が入寮してくるだろうけれど、いまの空気は、いまだけのもの。

「一子さんとはもう会えませんが……いいえ、もしかしたら生まれ変わった一子さんとは出会えるかもですが。お姉さまも、まりやお姉さまも、いつかきっと、また会えますですよ!」
 ……だから元気を出してください、由佳里ちゃん。
 そう云って奏は元気づけようとしてくれるのだけれど、由佳里の気持ちは沈んだまま。

 見た目と違って、奏は芯の強い子だ。
 そしてやはり元気そうな見た目と違って、由佳里はナイーブで。
 由佳里と奏は、見た感じ由佳里が奏を支えているように思われがちだけれど、実際はその逆のことが多かった。

 寂しいことは寂しいことだと受け入れ、それでも前向きに頑張ろうとする奏の姿が、由佳里には眩しく映る。

「あっ、由佳里ちゃん、見てください」
 俯きがちに歩いていた由佳里の袖を引いて、奏が廊下を少し戻る。
 つい先ほど通り過ぎた所に、掲示板が掛かっていた。
 掲示板に貼られたらしい真新しいプリントを見て、ふたりは顔を見合わせる。

「こ、これって……」
「この間、まりやお姉さまが冗談まじりに云っていたことですよね」
「まさか実現するだなんて……」
「びっくりなのですよ〜」

 暗く翳っていた由佳里の顔も、掲示板のあんまりな内容を見て、笑みに彩られた。



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