――はぁ…はぁ…はぁ…。

(…苦しい)

 荒い息づかい。
 酸素を求め、男の子はがむしゃらに呼吸をする。

(…重い)

 男の子の胸に、背後から回された腕が2本、だらりと垂れ下がっていた。
 その小さな腕は力無く、彼の歩みに合わせて揺れている。

(…遠い)

 ガクガクと震える足を1歩ずつ踏み出す。
 そうやって、静寂に満ちた森の中から出ようと、懸命に歩いていく。

「待ってろ…もうすぐだからな…」

 男の子は、自分が背負っている女の子に、そう話しかける。
 半分は、自分自身を元気づけようとして。

「…ゆぅ…、くん…」

 その声に反応してか、背負われている女の子が、ポツリと呟いた。
 それを聞き取り、男の子の顔が引き歪む。

「待ってろ。もうすぐ…森を出るから! そうすれば、大丈夫だからっ…」

 その言葉は、何度目だろう。
 男の子の体も、心も、もう限界だった。

 …ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ…。

 女の子を背負った男の子の足取りは、よろよろとおぼつかない。
 それでも、強い意志を持って1歩…また1歩と進んでいく。

 …混濁した意識の中で、ふいに、彼の中でなにかが首をもたげる。

『お前、なにやってるんだ?』

 そのなにかが、酷く冷静に問い掛けてきた。

(…見てわかんないのかよっ!)

『じゃあ、言いかえるよ。お前、死人背負ってなにやってんのさ…?』

 自分の中で浮かびあがった言葉に、男の子はカッと目を見開く。

(生きてる! 彼女は生きてるっ! ほら聞けよ、心臓の音が感じられるじゃないか!)

『時間の問題だろう?』

(ふざけるなっ! 俺は絶対、彼女を死なせないぞ! 死なせるもんかっ…!)

 男の子はギリギリと歯を食いしばって、前に踏み出す足に力を込める。

『まあ、当然だよな。こうなったのも、全部お前のせいだし…』

(…俺のせい…?)

『だってそうじゃないか。お前が、彼女をあんな所に連れていったから…こんな事になってしまったんだ』

(…違う…。俺のせいなんかじゃ…ない)

『じゃあなにか。不注意だった彼女が悪いってのか? …酷いね、お前』

(それも違うっ! 運が悪かった。どうして、あんなことに…)

『お前に気を取られて、彼女は落ちたんだ。…いや、そもそも』

 残酷なことを思いついて、ソレは言葉を一旦区切る。

『…お前と出会いさえしなければ、彼女はこんなことにならなかったんだよ』

(…う…うるさい、うるさいっ…!)

『馬鹿だねえ。出会ってなければ、お前は今頃、楽しいだけの冬休みを終えられていただろうに』

(……)

『そうして彼女は、悲しいことはあったけど、月日がそれを埋めて。やがて穏やかな日常を取り戻せていけたのにな』

(…俺のせい…)

『あーあ。お前とさえ出会ってなければねえ。そうすれば、彼女は死なずに済んだんだよ』

(…死んでないっ! 死なせるもんかっ…!!)

 男の子は、自分の内に生じた迷いと戦う。

 …やがて、男の子が切望していた景色が目に入った。

(道路だ…! 見ろ、俺の勝ちだっ! 彼女は死なないぞ、死なせるもんかっ)

 男の子は、女の子を担いだまま、道路に辿り着いた。
 そうして支える力も無くなって、道路に膝から崩れ落ちる。

「…誰か…誰かぁっ! 救急車…救急車ぁっ…!!」

 男の子の悲痛な叫びとその様子に、通行人が反応した。
 何人かが救急車を呼ぼうと走り去り、そして何人かは、男の子と女の子の周りに集まってくる。

(…助かった…)

 安堵し、意識を失いかけている男の子に、また、内から声が生じた。

『…なあ、もう一度、訊いていいか?』

 ビクリと、男の子は震えた。

『お前、死体背負って、なにやってんのさ』

 男の子は…。

 背負っていた女の子の呼吸が止まり。
 背中に感じていた鼓動が消えていることに気づいた。

 体温が急激に失われていき。
 石のように重いソレが、ただ背中にのし掛かっていた。

「…う…うわあああああぁあああっ…――!!」



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