俺の首にしがみついていた栞の両腕が、するりと滑り落ちた。

力尽きたかのように、栞がグッタリとベッドの上に沈む。
汗だくで息も絶え絶えな様子で、呼吸のために胸を上下させている。

しばらく言葉さえも忘れたかのように、栞はまぶたをキュウッと閉じて、呼吸を整えていた。
…そんな姿が、ひどく女らしかった。

祐一 「…栞…」

そんな栞が、言葉では表せないくらい、愛おしくて。
俺は繋がったままの状態で栞の上に覆い被さり、栞の顔にキスの雨を見舞った。

栞 「…唇に…」

呼吸が落ち着いてきた栞が、ぽつりと言葉をこぼした。
栞が求めていることを理解し、即座に、栞の唇に口づけした。

…いままでしてきたキスの中で、いちばん濃密で、満足感を覚えるようなキス。
好きな人とのキスが、こんなにも幸福感を抱かせてくれるだなんて、恋をする前は知らなかった。

キスにも疲れて、唇を離し、互いに至近で見つめ合う。
ふと、栞が幸せそうに微笑んだ。

…なんだろう。
いままで見てきたどんな微笑みよりも、綺麗な笑顔。

そしてそれは、大人の女の微笑だった。
子供っぽい栞が、俺に初めて見せてくれた、とても大人で、艶やかな表情。

栞 「…んっ」

栞が、ふるると震えた。

祐一 「どうした?」
栞 「……」

栞は言葉ではなく、視線で応えた。
俺たちの繋がっている部分を、顔をあげて見やっていた。

栞 「…な、なんだか…すごいことになってますよね」

栞が、ひとつに繋がっているあたりを見やって、まじまじと言う。

祐一 「ぷっ、なにを今さら…」
栞 「だって…」

栞が、いつもの調子で頬を膨らませる。

祐一 「そうだな、すごいことになってるな、栞の中」
栞 「え…?」

祐一 「俺のと栞の熱いので、一杯だろうな」
栞 「…祐一さん、すごいエッチです…」

祐一 「いま俺のを抜いたら、溢れて来るんじゃないか」
栞 「もうっ。そんなこと言う人、嫌いですっ!」

祐一 「ははははは」

俺は声を立てて笑った。
…今日初めて、声をあげて笑ったかもしれない。

祐一 「…それじゃあ、抜くな?」
栞 「は、はい…」

栞の中から、自分のものをずるりと引き抜く。
…やはり、栞の中からツツ…とこぼれ落ちるものがあった。

祐一 「あ〜…。後で、シーツ洗濯しなきゃなあ」
栞 「そうですね…」

祐一 「栞の身体から出た汗やらなにやらで、もう、グチャグチャだ」
栞 「ゆ、祐一さんはなんでそう、エッチなこと言うんですかっ!?」

栞の抗議を無視しつつ、手をのばしてティッシュの箱を引き寄せる。
しゅっ…しゅっ…と数枚のティッシュを取り出す。

祐一 「さあ、お掃除しましょうね〜」
栞 「…はい?」

祐一 「このままじゃ、どんどんこぼれてしまいますからね〜」
栞 「え、えっ、えっ…!?」

栞の股間にティッシュを持っていき、「お掃除」しようとする。
それと悟って、栞は真っ赤になってベッドの上を転がって逃げた。

栞 「そんなの、ひとりで出来ますっ!」
祐一 「いや、こういうのはだな、男の仕事なんだぞう?」

栞 「そ、そんなの聞いたことありませんっ!」

嫌がる栞は、俺からティッシュを奪い取ってしまう。

祐一 「…ちぇ」

ふきふき…やってみたかった。

栞は、俺に背を向けて股の間を拭いはじめた。
俺から背を向けて隠しながらする仕草が、妙に淫靡で刺激的だ。

栞 「…シャワー、お借りしてもいいですか?」

栞が首を捻って、訊ねてきた。

祐一 「ああ、もちろんだ」

祐一 「…そうだな、よし、せっかくだから一緒に入るか」
栞 「ひとりで入りますっ!」

栞は慌てて、ベッドから立ち上がった。

大切なストールや衣類を器用に丸めて抱え持ち、裸のまま、部屋から出ていこうとする。
…ところが、ふらふらとよろめいたかと思うと、ペタンと床に座り込んでしまった。

栞 「あ、あれー? 足が…力が入らないです」
祐一 「じゃあやっぱり、俺の出番だな」

俺はニヤリと笑って、栞を背後から抱き上げた。
そして、そのまま持ち上げる。

栞 「わ、わーっ」
祐一 「このまま、風呂場行くぞ」

栞 「ちょっ、祐一さんっ、高くて恐い…」
祐一 「大丈夫。しっかり、抱えているから」

祐一 「絶対離さないからな、安心しろ」
栞 「…はい」

栞が俺のことを見やって、コクンとうなずいて見せた。

そしてそのまま、俺たちは部屋を出た。

もちろん、ふたりとも裸のままだ。
部屋の外はさすがに冷えるので、急がなくちゃな。

…それにしても。

栞の身体は、なんて軽いのだろう。
悲しくなるくらいに、軽かった。

大切にしてやらないとな…って、改めて思う。

祐一 「…栞、太らなくちゃな」

階段を慎重に降りながら、栞に優しく囁いた。

栞 「はい」
栞 「…ふふ、でも、太り過ぎちゃったら、どうしましょう?」

栞はいつもの調子が戻ってきたのか、悪戯っぽく笑った。

祐一 「その時は、理想の体重に戻るまで、エッチなことして痩せさせてやる」
栞 「…はい、ふふふ」

風呂場に着いた。
俺たちはふたりで一緒にシャワーを浴びることになった。

栞はなおも恥ずかしがったものの、

祐一 「ゆっくりしてたら、秋子さんや名雪が帰ってきちゃうからさ」

…との俺の言葉に、しぶしぶ頷いた。

熱いシャワーを上方から浴びながら、栞を背中からそっと抱きしめる。

栞 「祐一さん…?」
祐一 「今日は、嬉しかった」
栞 「…はい」

栞が、俺の腕にそっと手を当ててくれた。

祐一 「これからは、ちゃんとした恋人同士になれるよな?」
栞 「はい」

栞はコクンとうなずいた後、俺に寄りかかってきた。
そうして互いに首を捻りながら、軽い口づけを交わす。

キスをしながら指を走らせ、栞の大切な部分に指を滑らせた。

栞 「あっ…!?」
祐一 「…栞…」

優しく囁きながら、指で愛撫を施す。
シャワーの水音に掻き消されるものの、イヤらしい音が聞こえてくるような気がした。

栞は身体を前に傾けて、ピクリと震えた。

栞 「ゆ、祐一さんは…すごい…エッチ…です」
祐一 「嫌いになったか?」

栞 「…意地悪する祐一さんは、少し嫌いです」
祐一 「でも、栞が本気で嫌がることは、しないから…」
栞 「…はい。それなら、少しくらい意地悪されても…、んっ…」

祐一 「男はみんな、こんなにエッチなんだ」
栞 「本当…ですか?」
祐一 「好きな女の子には、みんなエッチになっちゃうんだぞ?」

俺の指の動きに、小刻みに震える栞。
どんなことをすれば栞が喜ぶのか分かってきたので、嬉しかった。

栞は立っているのも辛くなってきたのか、俺に寄りかかってきた。

ふるふると可愛く震える栞を見ていると、俺の男のそれが、また勢いを取り戻してくる。
栞の薄いお尻の上の辺りに、ピトッと当たった。

栞 「あっ、祐一さんのが…また、大きく…」
祐一 「…うん。なあ、栞…」
祐一 「もう1回、いいか…?」

栞 「えっ!?」

祐一 「もう1回、エッチ…」
栞 「えええっ!?」

祐一 「もう一度、栞の中に入りたい…」
栞 「だ、だって、秋子さんや名雪さんが帰ってくるって…!」

祐一 「いや、まだまだ大丈夫なんだ。…な?」
栞 「だ、ダメですっ!」

祐一 「この風呂場で…ちょこっとだけ…な?」
栞 「ダメダメ、ダメですっ!」

栞が、断固として首を横に振る。

祐一 「…どうしても、ダメか〜?」
栞 「はい…」
栞 「…お願いです、止めて、祐一さん」

未練があったものの、しょうがなく指の悪戯を止める。

…栞とのエッチの際、いろいろと意地悪したものの、あれは愛情表現のひとつだ。
ああやって互いに困らせて楽しむのが、俺たちの裏返しの愛情表現でもあるわけで。

でも、栞が本当に嫌がることを、俺はするつもりはない。

祐一 「残念だけど、仕方ないか」
栞 「…ごめんなさい」

祐一 「いろいろ意地悪したけど…。栞が本気で嫌がることは、絶対にしないからな」
栞 「…はい、わかってますから…」

栞は嬉しそうに微笑みながら、俺に甘えるように寄りかかってきた。
所在なげに隆起していた俺のものが、栞のお尻の辺りで圧迫される。

…う〜…。

あまりに度が過ぎたしつこさは、嫌われてしまう。
ここは、我慢しないと。

それに、これからたっぷり時間はあるのだから。
ゆっくりと好きなときに、栞と愛し合えばいい。

栞 「…実は、ちょっと痛くて」

栞が、ポツリと呟いた。

祐一 「ん?」

栞 「祐一さんが愛してくれてる間は、少し痛くても気持ちよかったんですけど」
栞 「…終わった後、ちょっと…ひりひりしてます」

栞は言いながら、自分の下腹部にそっと手を当てた。

栞 「少し、擦れちゃった…かも」
祐一 「そ、そうか…」

祐一 「…ごめんな、俺、無理させすぎたのかな?」
栞 「いえ、大丈夫です。すぐに治ると思いますから」

祐一 「…うん」

栞 「それに祐一さんに愛してもらえて、本当に嬉しかったです」
祐一 「俺もだよ、栞」

栞 「ずっと悩んでいて…そんな私を、祐一さんが受け入れてくれて」
栞 「…すごい、嬉しかったです…」

栞 「…あの…その…。それに、真っ白になっちゃうくらい、心地よかった…ですし」
祐一 「俺も、すごい気持ちよかった」

栞 「だから…また今度…」
栞 「…また今度、愛してくださいね」

祐一 「ああ」

俺は力強くうなずいて、栞の身体をもう一度、背後から抱きしめた。

栞を抱きしめる俺の手に、栞の手が当てられた。
そして栞は俺の手を持ち上げ、自分の胸の辺りに持っていった。

手術の跡。

栞がなにをしようとしているのか、わからなかったものの。
その傷跡を、俺は指先で優しく撫でた。

栞 「…私の命は、いろいろな人が与えてくださいました」

栞 「恐くて、辛くて、痛くて、苦しくて…」
栞 「自分で死のうって…考えたことも、ありました」

祐一 「…栞…」

栞 「でも、私はいま、生きています。頑張って生きています」
栞 「いちばん大好きな人に抱かれて、生きています」

栞 「祐一さんから支えてもらった命」
栞 「…お姉ちゃんから支えてもらった命」
栞 「お父さんとお母さんから、支えてもらった命」
栞 「友だちから支えてもらった命」
栞 「お医者さまから救ってもらった命」

栞 「…そして…」

栞 「あゆさんから、与えてもらった命…」

あゆ…?

栞の口からその名前が紡がれたとき、俺の身内に理由もわからないまま、震えが走った。

…あゆ。

栞 「祐一さん」
栞 「私、幸せになっても、いいんでしょうか…?」

栞 「私は、人の命をもらい受けました」

栞 「観念からじゃありません。ほんとうに、私の中には他人の命が吹き込まれたんです」
栞 「人から、譲り受けたんですよ…?」

栞の胸。
心臓がある辺りに出来た、大きな手術跡。

…もしかすると、人から心臓をもらったのだろうか?
臓器移植…?

栞 「私に命をくれた、あ…」
栞 「……」
栞 「…あの人は不幸になったのに、私なんかが幸せになってもいいんでしょうか」

祐一 「そうだな…その人の分、栞が幸せにならなきゃいけないな」
祐一 「…でも、あの人って…。栞の知ってる人、なのか?」

栞 「……」

栞 「…教えてもらえないんです」
祐一 「なにがだ?」

栞 「臓器移植では、ドナーもレシピエントも、互いに名前さえも教えてもらえないんです」
祐一 「れ、レシピエント…?」
栞 「あ、ドナーが臓器を提供してくださる人のことで、レシピエントが臓器をもらい受ける人のことです」

栞 「いろいろ問題が起こるからと、個人を特定する情報を、互いに知ることはできないんです」
祐一 「そう、なのか」

栞 「…でも、わかるんです」
祐一 「なにがだ?」
栞 「私に命をくれたその人のこと、わかるんです」

俺の腕をつかむ栞の手に、力がこもる。

栞 「…夢を、見るんです」

栞 「その女の人と会う夢」
栞 「私と同年代の女の人、小柄で、元気で、とっても優しい、女の人」

祐一 「そう…か…」

栞の夢見がちな所。
栞の物語好きな性格が、そんな夢を見させるのだろうか?

栞 「…信じてませんね?」
祐一 「うう〜ん、ははは…」

栞 「でも、ホントなんです」
栞 「お医者様も、そういうこともあるかもしれないって、言ってくれました」

祐一 「……」

俺は、栞を抱きしめる手に力を込める。

祐一 「なんにせよ、栞に命をくれた人に、感謝するのはいいことだと思う」
祐一 「…その人の分まで、幸せにならなきゃな?」

栞 「……」

栞 「私、幸せになってもいいですか…?」
祐一 「当たり前だ」

栞 「あの人は許してくれるでしょうか…」
栞 「私が幸せになること、許してくれるでしょうか…」

祐一 「ドナー…だっけか? テレビで見たことあるけど、あれって本人が拒めば、無理なんだろ」
祐一 「だから、その人がドナーになってたってことは、誰かに命を譲ることを、望んでいたんじゃないか」

祐一 「…だから栞は、幸せにならなくちゃいけない」
祐一 「俺が、栞を幸せにしてみせるから…」

栞 「…ダメですよ」

栞が、クスリと笑った。

祐一 「えっ…?」

栞 「祐一さんも一緒に幸せになってくれないと、嫌です」
祐一 「はは、そうだな」

栞 「祐一さん」
栞 「…一緒に、幸せになっていただけますか?」

祐一 「ああ、もちろんだ…」

俺たちは熱いシャワーを浴びながら…。
もう一度強く抱き合い、そうして深く、口づけを交わした。



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