…土曜の午後というのは、いつになっても心が躍る。

学校から家への帰途を急ぐ道すがら、そんなことを思う。

午前授業だったから?
それもある。

明日が日曜日で休みだから?
それもある。

今日という日が、特別な日だから?
…そう、それがいちばんの理由だ。

いとこの名雪なんかは、「祐一って、いつもすごく冷静だよね」とか言ってくるけど。
俺だって、大好きなものが目の前にあれば、はしゃいでしまう。

…まあ、猫を前にした名雪みたいには、ならないけれど。

そう、俺の大好きなもの。
誰よりも大切な女の子が、俺の家に遊びに来る。

それはもう、この1年という間、何回もあったことだけど。
それでもやはり、胸は高鳴った。

祐一 「ただいまー」

秋子 「お帰りなさい、祐一さん」

叔母の秋子さんが、いつもの笑顔で迎えてくれた。

…俺の両親は、俺の物心がついた頃からいつも仕事に大忙しで。
以前住んでいた雨の町では、こんな風に誰かが出迎えてくれるということはなかった。

俺を家族の一員として暖かく迎えてくれた秋子さんと名雪には、本当に感謝している。

祐一 「これから、栞が遊びに来るんですよ」

笑みでゆるんでしまいそうになる顔をなんとか引き締めつつ、平静を装って言ってみた。

秋子 「あら。それじゃあ、なにか甘い物、作りましょうか」
祐一 「あ、いえ。ここに来る途中で、栞がなにか買ってくるって言ってたから」
秋子 「そう。…また、アイスクリームかしらね」

秋子さんは言って、楽しそうに笑った。

祐一 「最近はあいつ、たい焼きにこってるんですよ」
祐一 「なんでも、アイスは夏食べるものだって言って」
祐一 「以前はあんなに食ってたのに、よく言いますよね」

秋子 「急がなくても、また次の夏になれば食べられるって…」
秋子 「そう、思えるようになったんじゃないかしら」

祐一 「…そうですね…」

秋子さんの優しい雰囲気に誘われ、俺も微笑んだ。

秋子 「それじゃわたしは、ちょっと出掛けてこようかしら」
祐一 「へ?」

秋子 「病院に用事があるんですよ」
祐一 「病院? …秋子さん、病気かなにか…?」

秋子 「いいえ、知り合いに会いに行くだけです」

ほっと、一安心。
てっきり、秋子さんが病気なのかと思って、心配した。

秋子 「名雪が部活から帰ってくる頃に…そうですね、夕方の5時半頃には帰ってきます」
祐一 「はい」

秋子 「5時半までは、帰ってきませんから」
祐一 「…はい?」

秋子さんの念を押すような言い方が、ちょっと引っかかった。

秋子 「栞ちゃんはまだか弱いのだから、あまり無理させちゃいけませんよ?」

秋子さんはたおやかに微笑んで、ぱたぱたとスリッパの音を立てながら歩み去った。

祐一 「…え、え〜と…」

無理させちゃ駄目って…いわゆる、その…。

…あ。

だいぶ前に…栞と初めてエッチしたときのこと…秋子さん、気づいていたんだろうか。

途端に、耳が熱くなるのを感じた。
秋子さんなら、なんでもお見通しのような気がする。

となると、何時まで帰ってこないっていうのをわざわざ強調して言うってことは…。

秋子 「気になさらずに、やっちゃってください」

っていうことなんでしょうかっ!?

この家で、秋子さんを交えつつ、栞とゆったり過ごすつもりでいたのに。
栞とふたりっきり、なおかつ家人は夕方まで帰ってこないという甘い空間に変わってしまった。

嫌がおうにも、心臓の鼓動が早まる。

祐一 「…よし」

玄関でひとり、グッと拳を固める。

…って、なにやってるんだ、俺。
我に返って、そそくさと靴を脱いで自室へと急いだ。

制服から着替えながら、これからの時間を頭の中でシミュレートする。

栞とふたりっきりの、甘い時間。
それを考えると、心は浮き立つ。

…けれど、不安もあった。

俺は、今年のはじめ…1月の終わりに、栞と結ばれていた。

しかし…。

栞が元気になって帰ってきてから、俺たちは一度も、身体を重ねていない。

キスはしていた。
…何度も。

だというのに、栞は俺が身体に触れることを嫌がるのだ。

いや、嫌がる所じゃないか。

…あれは、拒絶だ…。



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